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潰された花畑
前回の続きです。

この借金を抱えるまで、ウチの実家は「出面さん」を雇っていました。
出面さんというのは、農作業をしてもらうパートさんのようなものです。
春秋の農繁期には、いつも2~3人の方に来てもらっていた。

けど借金してからは、この出面さん達の出入りがぱたりと消える。
人を雇うためのお金が惜しい。出来る事は自分達だけでやっていく。
そして一日も早く借金を返済したい。そう考えた。

よって、20ヘクタールの畑を全部、父と母の2人で管理するようになる。
土地の広さは倍だけど、仕事量は倍どころじゃない。
しかも遠隔地なので、農機具やトラクターの運搬もある。
取り扱う作物を厳選しなければ、仕事がとても追いつかない。

それまでウチは、いろんな作物を作っていました。
穀物の他に、スイカやメロン、ホワイトアスパラなど多種多様だった。
まだ小さかった私だけど、この頃のことはよく覚えています。

収穫したスイカを一緒に磨いたり、シールを貼るお手伝いが楽しみだった。
メロンやスイカの赤ちゃんを飽きることなく、じーっと見つめていた。
こんもりした土の中から、ホワイトアスパラを探すのが面白かった。

そして何より。
活き活きと畑仕事をしている、父と母の姿を見るのが大好きだった。

けれども、こういった手間ひまのかかる作物は、全て一掃してしまう。
その後は主に、じゃがいもや小麦、スイートコーンやてん菜を作付けするようになる。

少々、手荒に扱っても傷がつかない作物。人の手を煩わせない作物。
機械で植えて、機械で収穫できる。そういった作物へどんどん転換した。
そこに「自分の好きな作物を育てて、収穫する楽しみ」はない。

変わったのは、畑だけじゃない。
身の回りのちょっとした事も、気が回せなくなっていった。

当時、ウチの家の前には、大きな花畑がありました。
手毬肝木やライラック、ツツジやユキヤナギ。他にもたくさんの花があった。
咲き誇る時期は、それはもう見事でした。毎年、開花を楽しみにしていた。

けれども。この花畑は、ある日突然無くなってしまう。
木は全部引き抜かれ、花達は土の中へ埋められてしまった。
父 「これからもう、手入れする時間がないから花畑は潰した」

後にはトラクターでならされた、何もない更地だけが残った。
昨日まであったはずの花畑を眺め、茫然とした記憶があります。
仕方がなかった。でもこの変化を見て、子供ごごろに悲しくなった。

でもそう思っていたのは、私だけではないはず。だって。
今、実家の家の周りは、たくさんの花が植えられている。
借金が無くなり、ゆとりができた頃から、再び花を愛でるようになった。

たまに実家へ行き、このたくさんの花を見て、今更ながら思います。
あの時、どんな気持ちで花畑を潰したんだろう。と。


続きます。

実家のこと | 08:08:37
借金肩代わりで一変した生活
前回の続きです。

連帯保証人なんて、断ればよかったじゃないか。そう思われるでしょう。
しかし当時の農家は、融資を受ける際に、担保と保証人をつけるのが主流だった。
ここで出てくるのが「相保証(あいほしょう)」という、仕組みです。

保証人。特に連帯となると、そうそう成り手がいない。
そこで借金する農家同士が、お互いの連帯保証人となる。それが慣習となっていた。
保証人を断ると、自分の保証人も引き受けてもらえない。これは非常に困ります。

高額なもの。特に農機具を購入する時など、キャッシュで支払うのは難しい。
運転資金だって必要。どうしても、借入れを起こすようになってしまいます。
ウチの親も、自分達の事業資金の融資を受ける際、叔父に連帯保証をお願いしていた。

このような経緯があって、叔父の連帯保証人を引き受けざるをえなかった。
そして。その叔父はパンクしてしまった。返済する能力も気力もない。
おかげで連帯保証人として、借金を肩代わりするハメになってしまったウチの親。

だがしかし。残ったのは借金だけではない。
本家の新しい家と農地は、叔父名義のまま残っている。
これを処分して、どうにかできないものか。借金の足しにできないだろうか。

そこで家と農地を売っぱらって、借金を返そう。と考えるが。
ド田舎の土地家屋なので、買い手がつかない。よしんば売れたとしても二束三文に等しい。
哀しいかな。借金を返済できるほどの値には、ほど遠い。

しかも融資の際、土地家屋は担保に取られていました。
借金を完済しないうちは、第三者へ売買ができない。
できるのは、叔父とウチの親との間の所有権移転だけ。そう取り決めをしていました。

なので本家の資産を処分して、借金に充当する。という選択ができませんでした。

そして。叔父はこの失敗で懲りてしまったのか、農業をやめると言い出します。
新しい仕事を見つけ、一からのやり直しを決意する。けれども。
ここで困ったのが農地の問題。畑を耕作する人間がいなくなってしまう。

畑というのは人の手が入らないと、途端に荒れ放題になっていきます。
荒れたままにしておくと、いざ農地を売る・貸す。をしたい時にできなくなる。

農地は残る。でも、働き手となるべく叔父は、もう農業をやらないと言う。
かといって、残された70才近い祖父母だけで、経営するのは無理でした。
経営を叔父へ引き継いだ後は、隠居生活をしてるようなものだった。

考えた末、ウチの親は借金肩代わりと同時に、叔父の農地を取得することにした。
そうして。その取得した叔父の農地を、自分達で耕作する決断をします。

叔父の農地は、広さにして約10ヘクタール(東京ドーム2個分ほど)。
ウチの親も約10ヘクタールの農地を所有していた。
合計20ヘクタールの畑。単純に、これまでの倍の仕事量となってしまう。

しかも本家の農地は、ウチから車で20分以上もかかる場所にあった。
離れた畑を同時に管理する。かなり骨が折れたと思います。そして。

これを機に、ウチの家の中の空気が一変していく。
父はいつもピリピリして難しい顔をしていたし、母は泣き事や愚痴が多くなった。
常に何かに追われているような、気を張り詰めた生活となります。

続きます。



実家のこと | 09:08:19
迷惑な善意の第三者
信じる者だけ救われる  の続きです。

断り切れず「魂の救済」をやらなければいけなくなった父と母。
どんな事をするかいうと、Hさんの目の前に弟を座らせる。
弟へ手かざしして、1時間ほどじっとしてる。これだけ。

そこまでなら「じゃー勝手にやっててよ」で済むのですが、そうはならない。
この「手かざし」をしてる間は、家族全員がその場に集まり、精神を集中させる。
話をしてはいけない、テレビもラジオもつけてはいけない。ときた。

「家族全員が心を合わせ念を送ると、悪霊を祓い、ご先祖様の魂を救済できます」

残念ながら、親も私も霊感など全く無い。念も悪霊も見えやしない。
一家全員、弟とHさんを囲み、無言でひたすら座ってる。1時間近くも。
事情を知らない人が見たら
いや、知ってても相当不気味な光景だったに違いない。

Hさんが来るのは、毎日決まって夜8時から9時の間。土日も関係ない。
次第に私はイライラしてくる。他にやりたい事はたくさんある。
テレビも見たい。お風呂も入りたい。本も読みたい。でもなんにもできない。

Hさんに悪気はない。雨の日も風の日も、健気なくらい通い詰めてくれる。
恩着せがましい事は言わなかった。
祈祷料だと言って金銭の要求をしてくる事もなかった。

当時の実家は借金だ、弟の障害だと色々トラブル続きだった。家の雰囲気も暗かった。
Hさんはきっと、こんな不幸な私達を救ってあげたい、と思ったのかもしれない。
なんてご立派なんだろう。とても素晴らしい心がけ。

でも私にとっては大迷惑だった。
「ほっといて下さい。ウチに来ないでくれ」
何度言いそうになったことか。

最終的には、私の堪忍袋がいよいよ持たなくなり、親に訴えます。

「いい加減にしてくれる?弟の障害が無くなる前に、
私の頭がおかしくなりそうなんだけど今度来たら、ケンカしていい?」

ここまで言って、ウチの親はやっと重い腰を上げ、きっぱりお断りします。
(やる気がないなら、最初に断る方が親切だと思うんだけどね)

Hさんは1ヶ月間ほど毎日毎日、私の実家へ通ってきました。
でも、この「手かざし」で、弟の障害が良くなる、消える事などなかった。。
当然です。そんなので、悪いものが全部無くなるなら、医者も警察もいらない。

生きてる以上、いい事も悪い事もあるのは仕方がない。違うかな。

世の中には、理不尽なことがあっても、砂を噛むような思いをしても
それでも、歯を食いしばって生きてる人が、たくさんいる。
ウチの親だってそうだ。祈っただけで幸運が転がり込む、なんて考えてない。

ねえ、Hさん。知ってる?
私のお父さんとお母さんは、毎日朝4時には起きて畑仕事してるんだよ。
夜だって、このお祈りしてる時間にはもう寝てなくちゃいけないんだよ。
あなたが帰ったあとは、倒れ込むように布団へ入ってるんだよ。

必死なんだよ。一日一日が。
生きるだけで、精いっぱいなんだよ。
なんで、いい年した大人が、そんな事もわからないの?

Hさんは、今でもその宗教を熱心に信仰しています。
でも田舎なので、周囲の人はHさんを腫れものに触るような扱いとのこと。
熱心に勧めすぎて、煙たがられ、距離を置かれてしまったようです。

この出来事以降、ウチの実家の玄関には
「当家は、○○宗の門徒です。他の宗教の勧誘はお断りいたします」
というステッカーが、でかでかと貼られるようになりました。見るたび笑っちゃうわー


実家のこと | 08:50:38
信じる者だけ救われる
「日本人ってさ、無宗教でしょ?これって、外国の人から見たらありえないんだよね?」

ある日突然、娘がこう聞いてきました。
やぶからぼうになんだ?周りに、熱心に信仰してる人でも出現したのか?
と思ったら、違った。社会科の授業でそのような話になったらしい。

正確には、無宗教ではない。大抵の家はみな、つきあいのあるお寺さんがあるはず。
昔と違い、今は檀家に入らずお墓だけ建てる、という人も多くなってきたらしい。
それでも、ウチもダンナの実家も、宗派は違うけど檀家には入っている。

入ってるとはいっても、大したことはしていない。
月命日や法要に坊さんが来て、お経をとなえる。
あとはお墓参りに行く程度で、平素はほとんどつきあいなどしてない。

正月は神社へ参拝して、
盆にはお寺へ墓参り、
クリスマスはケーキでお祝いする。
ごくごく一般的な日本人の、お寺さんとのつきあいや宗教観と同じ。

私を含む大多数の人の意識は、無宗教のようなものだ、と思ってます。
檀家制度も、宗教活動の一種なのだろうけど、私の感覚では「文化」に近いです。
実際、ウチの実家の宗派を聞かれても

「あれ?浄土だっけ?浄土真宗だっけ?」といったていたらくなのです。

日本という国は憲法で、信仰や思想の自由を保障してる。
だから、誰がどんな宗教を信仰しようと、それは個人の自由だと思ってます。
ただし。「他人に迷惑をかけなければ」の話ですが。

今の私の交際範囲で、熱心な宗教活動をしてる人は見かけません。
隠してるだけかもしれません。一定の割合でそういう人達は存在するから。
それでも、過去にはいました。会社や実家のご近所さんで、熱心に信仰してる方々が。

私が高校生の時の話です。
ある日突然、ご近所のおばさん(Hさん)が私の実家へ来て、

「お宅のお子さんの病気の原因がわかりました!ご先祖様の魂を救済すると治ります!」

と叫びだすや、おいおい泣き出し始めたのです。

私の弟は、やや重度の知的障害者です。障害なので、治ることはない。
でも、Hさんが信仰してる宗教のちからで、この障害が消え去る。
どうやらそう言いたいらしい。

失礼ながら、私はその時
「なに、この人。いきなりやって来て、突然何を言い出すの。」
と思いました。ウチの親も相当面喰らってました。

飛び込みで勧誘に来た人なら、追い返すところです。
でもHさんは、ご近所さんです。ぞんざいに扱うわけにもいきません。

やんわりと断りましたが、相手も簡単には引き下がらない。
自分が信仰してるものがいかに素晴らしいものか、ためになるものか、
長々と説明し、最終的には、「魂を救済」とやらをするハメに。

こういう人達を目の当たりにすると、いつも思います。
正義感や善意に燃える人間の扱いって、本当に難しい。そして面倒くさい。
少なくとも、Hさんは心から、その宗教に陶酔しきっていた。
まるで、恋する乙女のような勢いそのもの。迫力があった。

これがお金や騙そうといった下心があって、ウチへ来たならば論破のしようもある。
いっそ、悪人の方が気が楽かもしれない。容赦なく応酬できるから。
でも、善意や親切心で訴えてくるので、対応が少々やっかいでした。

続きます。

実家のこと | 08:32:47
眠れない悩み
実家の母は、若い頃から病院と仲良しこよしです。
私が知る限り5回は手術・入院してる。
現在も持病があり、毎月3軒ハシゴして通院もしてます。

常時飲んでる薬は、5~6種類。
しかも薬によって、朝飲むとか、食前に飲むとかややこしい。
よく毎日忘れないよな。それより、よく真面目に飲んでるな。見てて感心します。

母は8人きょうだいですが、こんなに病気になってる人はいません。皆健康なようです。
そのせいか、母はとても愚痴が多いです。

「私だけが、なぜこんなに病気になるんだろう。他のきょうだいは健康なのに」
「きっと、私に悪いものが集まってるに違いない。」
「次から次へと、体が壊れてもう疲れた」などなど。

でも。私から言わせると、何種類もの薬を何十年にも渡って飲み続けてきてるのに、
70才を超えても、寝たきりになる事もなく、普通に生活できてる。

別な意味で、実は体は丈夫なんじゃない?と密かに思ってます。
あれだけの薬を飲み続けたら、病気より先に肝臓がやられてしまいそう。
そんな母が先々月、ウチへ遊びに来た時にこう言いました。

母「最近、夜寝れない。1時間おきに目が覚めて熟睡できない。もうしんどい」

この時は8月。暑くて寝苦しい夜が続きました。
北海道の一般家庭で、クーラーを設置してる家は少ない。
実家もウチにも、クーラーなんてない。よって、暑くて夜中何度も目が覚める。

私「暑いからね。朝まで熟睡なんかできないよ」
母「そういうんじゃない。本当に寝れないのさ。だから昼間眠たくてしょうがない」

そりゃそうだ。夜寝れなかったら昼眠たいのは当たり前。
しかも母は、昼眠たくなったらそのまま寝てしまうらしい。
夜、余計寝れなくなる訳です。悪循環。

私もそうだけど、年を取ると若い頃のように朝まで熟睡なんてできない。
最近気が付きましたが、「寝る」って実はすごい体力を使うんですね。
必要以上に寝ると、すっごく疲れてしまう。とにかくだるくてしょうがない。
1日10時間以上も寝る、なんてのは若いから出来た事なんだとしみじみ思う。

で、寝れないという母の話をよく聞くと
夜8時に床に入る。11時位に目が覚める。それから1時間置きに目が覚める。
そして、夜中3時位からは一睡もできない。という事みたいです。

夜8時?そんな時間から布団に入ったら、そうなるのは当たり前。
小学生じゃないんだから、もうちょっと夜更かししたら?
私はそう思うんですが、母は違う。

「8時間、びっちり熟睡したい。こんなしょっちゅう目が覚めたら寝た気がしない」

らしい。それ無理じゃね?若い頃とは体が違うんだから。

私だって、30過ぎた頃から朝まで熟睡なんてできなくなった。お母さんと一緒だよ。
父も「俺も朝まで、一度も目が覚めない事はない。そんなもんだ」
二人でいくら説明しても、眠れないつらさをぐちぐちぐちぐち言ってます。しまいには

「生きてるのがつらい」

などと言い出しました。これには、私も、父も黙ってはいられない。

父「じゃあ、もう毎月毎月、病院に通わなくていいんじゃないの?薬もやめたら?」
私「人間は絶対死んじゃうんだよ。もう先は長くないんだから、楽しまなきゃ損でしょ」

私と父の、この冷たい言い草にカチンときたようで
母「どうせ、あんた達にはわかんないよね。相談する相手を間違えたわ
とぷりぷり怒って帰って行きました。怒って少しは元気が出たようです。

こんな事を言いつつも、一応心配でその後、電話をして様子を聞きました。
私「あれからどうよ。まだ寝れないの?」
母「それが、最近よく寝れるようになってさ。今度は起きれなくて困ってるんだわ」

好きにして下さい。心配して損した。
だから言ったじゃん。暑いと熟睡できないんだって(`・з・´)






実家のこと | 08:19:18
忘れられないおむすびの味
ウチの親は34才の時に、3千万の借金を抱えました。
母の弟の事業資金の連帯保証人になっていて、叔父が

「もうダメだ。俺借金支払えない。事業もやめます」
とバンザイしてしまったからです。

3千万なんて家一軒分程度の金額で大したことないように感じます。
しかし、ウチの親も農業を営んでいました。
自分達も農機具や資材の借金があったので大変だった。

自分で作った借金ならともかく、他人の為に支払う。
虚しかったと思います。そしてこの叔父。
ウチに借金を押しつけた数年後、のうのうと結婚し子供も4人つくった。

ウチの親がこんなに苦労してる。
なのに、この人は人並みに幸せな生活を送ろうとしてるんだ。
自分で借りた金なんだから、自分で返せよ。ばかやろう。
当時はそう思いました。今も思ってますけど(--〆)

そういう事情があったので、私は早い時期から、
大学へは進まず、高校卒業後は就職して独立したいと考えてました。

当時、進路指導の先生や、親からは大学進学を勧められてました。
しかし私の下には二人弟がいます。しかも一人は障がい者。
私の為にお金をかけてる余裕などありません。

でも悲しいかな。田舎は仕事がない。就職試験も受からない。
困って悩んだ末、私が選んだのは「新聞奨学生」の制度です。

朝夕刊の配達と集金の仕事をしながら昼間は学校へ通う。
学費は新聞社が負担してくれる。寮完備、食事も朝夕ついている。
これだ!これにしよう。

親にも先生にも相談することなく、資料を集め新聞社と連絡を取る。
全部一人で決めてしまいました。親へは事後報告のみ。
当然親は心底驚いてました。

進学先に決めたのは、東京の公務員予備校。
手続きも全部自分でしました。
働く販売店も決まり、学校も決まり、荷造りも終えた。


きうして、雪国のド田舎から上京する事となるのです。
上京する日、親は空港まで送ってくれました。

チェックインと手荷物検査を済ませ、ゲートに向かう時のこと。
母からおむすび、父から小さな封筒を渡されました。

封筒の中身は私名義の預金通帳。五十万のお金が入金されてます。
驚きました。というか、とんでもない。このお金、借金返済に使ってよ。
そう言って返そうとするけど、頑として受け取らない。

「知ってる人がいない場所で、最後に頼りになるのはお金だから、持って行きなさい」
そしてぽつりと言いました。

「俺達に甲斐性がないばっかりにごめんな。なんにもしてあげられなかったな。
我慢できなくなったら、いつでも帰っておいで」

泣きそうだった。ダメだ。ここで泣いたらダメ。
笑って。笑うんだよ。笑ってさよならしなくちゃ心配する。

「大丈夫大丈夫!向こう着いたら、電話するねー。元気でね!じゃあね」
こう言うのが精いっぱい。
急いで、ゲートをくぐり抜け手を振り、飛行機へ向かいます。
振り返りはしませんでした。涙で顔がぐしゃぐしゃだったから。

東京へ向かう飛行機の中では、ずっと泣いてました。

羽田を出て浜松町まで来て、やっと泣きやみました。
お腹がすいてしまったので、ベンチに座って母からもらったおむすびを食べます。
初めての一人ぼっち。見渡す限り人人人。

故郷のように山なんかひとつも見えない。
食べながらまた涙涙。
この時に食べたおむすびの味は今でも忘れられません。


実家のこと | 09:03:04
弟は自閉症 続き
弟は自閉症ですが、障害の程度としては
やや重度といったところでしょうか。
勿論障害者手帳も持ってます。

最初に発達が遅いと指摘されたのは1才半検診の時。
それからあちこちの病院へ行き検査を受け出た結果が
「自閉症の疑いあり」

でも両親はその時はまだ、自閉症は「治る病気」だと思ってました。
最終的に、わざわざ東京の病院と養護学校へ出向き、
自閉症が療育・訓練によって、社会生活を過ごしやすくする事はできるが

「完治することのない知的障害である」
と言われるまでは。

ウチの親もそうでしたが、健常者ではない子を持つと色々考えてしまいます。
「何が悪くて、こうなってしまったのか?」
「私達に何か悪い血が流れてたのだろうか」
「なぜ、ウチだけが」

そしてやがてこう決意します。
「この子より先には死ねない。たとえ一日でもいいから後に死にたい」と。

若い頃、私とすぐ下の弟は両親からこのように言われました。
「私達にできることは全部準備して、お前達には負担をかけないようにする。
こういう子が兄弟にいると、もしかすると結婚は難しいかもしれない。
迷惑をかけて、本当に申し訳ない。」

現在、弟は家の近くの施設に入所しています。
両親は早い時期から入所の申し込みをしてました。
けど、なかなか空きが出ず、入所まで10年以上待ったはずです。
基本、施設で生活をして盆や正月、大型連休の時などに実家へ帰省します。

親が存命のうちはこういった事をします。
でも、親が亡くなったあと、施設に入所してるほとんどの人達は
親族が面会に来ることもなく。家に遊びに連れていくこともなく。
死ぬまで施設に預けっぱなしになる。

寂しい思いをさせたくない
一人ぼっちにさせたくない
そして

残された兄弟に迷惑かけたくない
ウチの親だけはなく、施設に預けてる親御さんは皆さんそうおっしゃるそうです。

弟の障害が発覚した当時は私も
「なんで普通じゃない弟が生まれちゃったんだろう。いなくなっちゃえばいいのに」
なんて思いました。でも今は

「この子のおかげで、親は気を張って長生きしてくれる。悪いことばかりじゃないな」
と思えるようになりました。
こういう境地に至るまでそれこそ長い年月がかかりましたが。


実家のこと | 07:01:52
弟は自閉症
今日はちょっと真面目なお話。
少々長めですがご容赦を。

私には弟が二人います。
すぐ下の弟は普通ですが、末っ子の弟は自閉症という知的障害を持ってます。
末っ子と言ってももう38才。いいおっさんです。現在は施設に入ってます。

今は大分、認知されてきましたが、昔は知らない人も多く、私は学校で
「お前の弟、キチガイなの?」
「頭おかしいよなー、お前の弟」
などと言われたものです。

母も
「育て方が悪い」だの、
「妊娠中の生活が悪かったからこういう子が生まれたんじゃないか」
と随分な言われようでした。

彼は身の回りの事は自分でできますが、
コミュニケーション能力がありません。
私「今何歳?」
弟「いまなんさい」
こんな調子で会話は全てオウム返しです。

自分の希望を言う、とか
人の顔色を見る、とか
相手の事を考える、とか
社会生活を送る上で必要な概念が欠落してます。

彼が青年期の頃の話です。
母がお風呂で襲われそうになったそうです。
「女」として。
幸い、父が止めに入りきつく叱ったので、以後そのような事はなくなったそうです。

私はその頃もう実家を出てました。
長期休暇時によく実家へ帰ってました。
でも彼の性欲が強かった時期は、来ない方がいいと言われました。

この話を聞いたとき、
正直、私は自分の弟だけど気持ち悪い、こわい、と思ってしまいました。
自閉症者も性欲ある。本能なので当然の事です。
でも、私はこの事実を受け止めるのに、とても時間がかかりました。

こういう彼ですが、
「ダメなものはダメ」
と辛抱強く言い聞かせると、我慢できるようになります。



実家のこと | 08:02:11
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