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嫁舅問題が与えた影響
前回の続きです。

何をやっても、いつも失敗に終わる叔父。

一度目の失敗で懲りて、大人しく家業を継げばいいものを。
それでもやっぱり、農家だけは嫌だったようです。
絶対に家業を継ぐとは言わない。

そこで祖父は、仕方なく次男坊である父に家業を継がせた。
自分が持ってた畑半分と、古い家を父へ明け渡した。
ほどなくして、お見合いをして母と結婚します。

そして1年後、私が産まれました。
祖父の家は、私の実家のすぐ近く。300mほど後ろにあります。
小さい頃の私は、よく祖父の家へ遊びに行ってました。

畑仕事をしてる祖父母へ駆け寄って、まとわりついてもいた。
しかし、段々とそういう交流が無くなってきます。
なぜなら、母がいい顔をしなかった。嫌がるふしがあったから。

母と父方の祖父母の関係は、あまり芳しくなかった。
元々、体が丈夫ではない私の母。
30代から40代にかけて、何度か入退院を繰り返してきました。

その度、祖父母へ家事をお願いしたり、畑仕事を手伝ってもらっていた。
私は直接聞いたことありませんが、母はこのように言われたそうです。

「なんでウチの嫁さんだけ、こうも体が弱いんだろうね」
「俺らは、病気になるヒマなんてなかったけどな」
「病は気から、って言うでしょう。気持ちを強くしなくちゃ」

多分ですが。祖父母の気質上、たいして深く考えず言ったと思われます。
思い付いたことをそのまま言葉にする。相手がどう思うかまで配慮しない。
けど、言われた方は、そうはならない。

ウチの母は、言われた言葉を気にするし、とても根に持つ。
「私だって、なりたくて病気になってるわけじゃないのに」
と、かなり憤慨して不満や愚痴をこぼしていました。

そして、適当に聞き流せばいいものを
「お義父さんだって、いつ病気になるかわからないんですよ。
 それに年を取って、寝たきりにならないとも限らないでしょう」
と、やり返したらしいです。すると祖父は

「俺は、絶対に病気にならん!年を取っても子供達の世話にはならん!」
と豪快に言い放ったそうです。

祖父はとても頑固者です。自分は裸一貫から這い上がってきた。
誰のちからも借りずにここまでやってきた。
そういった自負もあり、他人の言葉を素直に聞き入れることができない。

祖父母は、どちらもちょっと無神経なところがあった。
母は母で、言葉を悪い方へ受け取り、くよくよ悩むところがあった。
今だったら、お互いの気質の違いが見えます。

双方の言い分もわかる。どっちもどっち。
片方だけが悪いわけではない。
けど、まだ子供だった私にとっては、母親の言葉が全てだった。

祖父母への不満を口にする母を見て
「お母さん可哀想。じいちゃんやばあちゃん、なんで優しくしてくれないんだろう」
と、次第に祖父母への気持ちが悪化していきます。

心理的にも、物理的にも、祖父母との距離を置くようになっていきました。
そんな矢先、母から思いもよらぬ事実を告げられます。

続きます。
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過去のこと | 08:20:48

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