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二男坊の冷や飯食い
私の家系は、由緒正しいというわけではありません。

ただ、父方母方の家は、どちらも農業を営んでいた。
そのせいかどうか、戦前で言う「家長制度」のようなものが存在してました。

長男が家督を継ぎ、全てにおいて優遇される。
家の財産も権利も、全部長男が引き継ぐ。
一昔前は、みなこんなものだったのでしょう。
でも、私にはわからない考え方です。

父は3人きょうだいの次男。母は8人きょうだいの6番目。
そして、当時はどちらの生家もとても貧しかった。
なので、子供時代の扱いは雑だった。と口をそろえて言います。

長男は高校まで行かせてもらえる。
けど他の子供達は、みな義務教育で終わり。
ですから、父も母も高校へは進学してません。中卒です。

その義務教育期間中も、きちんと学校へ通っていない。
農繁期になると、学校を休んで畑仕事を手伝っていた。
下のきょうだいをおぶりながら、仕事することが日常だった。

話を聞いて、おしんのような世界だなあ。などと私は思ってました。
父と母でこれなので、祖父母の代はもっと過酷だった。
父方の祖父は5人きょうだいの二男坊。家督を継ぐものは既に存在する。

そして、この時代は戦中という事もあり、本当に貧しい。
食べるものにも事欠く状態。間引かれた子供もいた。
口減らしの意味もあって、祖父は子供のうちから丁稚奉公へ出された。

奉公先ではいじめられ、かなりつらい思いをしたようです。
朝から晩まで仕事。学校など通わせてもらえない。
ご飯もロクに食べられない。いつもお腹をすかせていた。

それでも耐え、歯を食いしばり、コツコツ小金を貯め続けた。
やがて、その貯めたお金を元に自分で農業を営むまでになります。

ただ。この過程で、生家とひと悶着あったようでした。
長男だけを優遇する親の態度。
ひいては、家長制度へ不満を持っていた。

長男は家でぬくぬくと暮らしている。
なのに、他のきょうだいは奉公先で苦労しなければいけない。
俺達は、まったく人間扱いされていないじゃないか。

この点を問いただし、親とやりあったそうです。
経緯はよくわかりませんが、最終的に祖父は勘当されてしまいました。
きょうだい達とは親交が続いたものの、親とは絶縁したそうです。

その後は、荒れた土地と小さな家を購入した。
そして、痩せて耕作に向かない土地を開拓し改良を重ねた。
やがて結婚をして、子供も授かった。

祖父は、自分の体以外の資本を何ひとつ持っていなかった。
文字通り、裸一貫から這い上がってきたのです。

ただ。
厳しい時代に厳しい境遇を生き抜く。そして成功する。
こういう経験をすると、自分のものさしで物事を計るようになるのか。
他人に対する要求も厳しくなってしまうのか。

私の母との関係。
つまり嫁舅問題は、あまり上手くいっていないようでした。

続きます。
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過去のこと | 09:39:05

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