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育てるだけで精一杯
娘は「心室中核欠損」という先天性の心臓疾患を持って産まれて来ました。

最初聞いた時は驚き、慌てふためきました。
大学病院で検査を受け
「軽い症例なので日常生活に支障は無い。自然治癒する」
と言われても、心臓の穴が完全に塞がるまでは不安な日々が続きました。

生後2週間目・3ヶ月目・1年目と合計3回、大学病院へ足を運びました。
幸いなことに3ヶ月目の時点で、心臓の穴は完全に塞がります。
「次は、1才を過ぎた頃に来て下さい。その時点で異常がなければ通院は完了となります」

ドクターのこの言葉に、一旦は安心しました。でも心配は尽きません。
1才の誕生日を迎え「もう大丈夫ですよ。普通のお子さんと変わりありません」
と、宣言されるまでの期間が、長く長く感じました。

風邪をひく。ちょっと調子がおかしい。ご機嫌が悪い。
些細な事ですら、神経質になるほどビクビクして過ごします。

身長や体重の増加、首の据わり、寝返り、ハイハイ、つかまり立ち。
私にとって、こういった発達過程の全てが、ハードルのように感じました。

育児書とにらめっこして、発達が少しでも遅れ気味になると
「普通は、もう寝返りしてなくちゃいけないのに。どうしてまだなんだろう」
「発達障害だと、ハイハイができない場合もあるって書いてる。まだできない。どうしよう」
などと、今思うと「考え過ぎ」と思えるほどの心配をしてました。

初めて笑った日
初めて寝返りした日
初めて1人歩きした日
初めて「ぱぱ。まま」と呼んでくれた日

親であれば、嬉しくて嬉しくて。胸がいっぱいになる出来事だけど。
私は「ああ。良かった。ちゃんと普通に育ってくれてる」
と、安堵する気持ちの方が大きかった。

可愛い、いとおしい。そう思う気持ちは勿論あった。
でも、手放しで「子育ってて楽しい!」とは感じなかった。育てるだけで精一杯。
日々何事もありませんように。怪我をしませんように。病気になりませんように。
と、常に気を張る毎日。そんな生活だった。

もったいなかったよなあ。今更ですが、そう思います。
当時、先輩ママさんや親がよく言っていた言葉が、身に沁みてよくわかる。

「子育てできる期間って、ほんの少しだよ。あっという間に大きくなっちゃうからね」
本当にその通りだった。

高熱を出して、夜中病院へ走ったこと
離乳食をちっとも食べてくれなくて、毎日捨ててしまったこと
体重がなかなか増えなくて、やきもきしたこと
断乳できなくて、大泣きされて私まで一緒に泣いたこと

いい事ばかりじゃなかった。大変な事も多かった。
あの頃の私は、とにかく必死で余裕がなかった。
けど過ぎてしまえば、それもみんないい思い出。全てが私の宝物。

そんな小さかった娘も、もう16才。
今では「心臓に毛が生えてるんじゃないの?」と思うほど元気になった。
産まれた時、心臓に穴が開いてた事を忘れてしまうほどに。

もう娘を抱っこしたり、おんぶもする事もなくなった。
逆にこの先、私の方がおんぶされる立場になるかもしれない(^_^;)
自転車の後ろに乗せて、色んな公園へ遊びに行った頃が懐かしい。

このあいだ、4才の甥っ子が遊びに来た時にも感じたけど。
小さい子供って、やっぱりいいな。一瞬で空気が賑やかになる。明るくなる。
これから大きくなろうとする、その生命力に強さを感じる。

世の中のジジババが、孫をかわいがる気持ちがなんとなくわかってきた40女なのでした。



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過去のこと | 08:27:22 | トラックバック(0) | コメント(4)
大学病院の冷たさ
前回の続きです。

「異常がある」という事以外は、なにひとつわからない状況。
不安な気持ちを抱えつつ検査日当日、大学病院へ向かいます。

受付を済ませ待つ時間が、途方もなく長く感じました。
やっと呼ばれ診察室へ入ると、中にいたのはまだ30代位の若いドクター。
ドクターの後ろには、学生らしき若い男女が5人ほど並んで立ってます。

何だろうこの人達。ああそうか。ここは大学病院だもんな。
若い研修医たちが、患者の症例を色々勉強してるのか。
大学病院は初めてなので、かなり戸惑いました。

見せ物にされるようで気分悪いな。そう思いました。しかも。
ドクターからも、後ろの研修医達からも、同席についての説明は一切ありません。
紹介状と手紙を一読後、いきなり診察へ入ります。
心臓の音を聞いて「うん。雑音がありますね」と言った後、心臓のエコー検査に移りました。

これはきっと、私の被害妄想なのでしょうが。
大学病院の診察は、全てが機械的に感じました。

服を脱がせ、胸にゼリーを塗る。その後、機械を当てる。
ゼリーの冷たさに泣いた娘ですが、気にすることもなく淡々と診察。
診察の間、若い研修医達とドクターが娘を取り囲み、症例の説明を始めます。

研修医達は、話を聞きながら真剣な顔でノートに色々と書きこんでいきます。
私としては、早く結果を知りたかったけど、我慢して待っていました。
これは、医学の進歩や若い人達の為に必要な勉強の機会なんだ。
一日に何人何十人と診察してる大学病院。最先端の検査や治療を提供してる。

私達にとって、かけがえのないたった一人の子供であっても、
大学病院にとっては、たくさんいる患者の中の一人にすぎない。
患者はみんな実験台。教材代わり。ここはそういう場所なんだ。

研修医達への説明が終わり、やっとドクターが私達の方へ向き直ります。
その時。研修医のうち、1人の男の子が私達へ深々と頭を下げてくれました。
何も言わなかったけれど。でも、私にはこの気遣いがとても嬉しかった。

ドクターが病名を告げます。
「心室中核欠損」でした。心臓の一部に、小さな穴が開いていたのです。
この穴から、血流が逆流していた。これが雑音の原因です。
先天的な心臓疾患で、比較的症例が多いらしいです。

幸いな事に、娘は軽い症例でした。
重症の場合は、チアノーゼが出たり、母乳を飲む力すら無くなる。手術も必要になる。
ただ、娘は母乳もちゃんと飲めるし、顔色や様子に際立って悪いところはない。

「この例であれば、自然に塞がっていくと思われます。
お子さんの場合、手術は必要ありません。
ただ、身体が大きくなると、一緒に心臓の穴も大きくなる場合もありますので、ご注意ください」

とりあえずは、一安心しました。でも結果は経過観察。

「3ヶ月後にまた来てください。おそらく、その時点で穴は塞がっているでしょう。
ただし。その間、様子がおかしくなった場合はすぐ連れて来て下さい」

診察を終え、大学病院を後にしました。

あれから16年。
今でもたまに、彼ら(研修医)の事を思い出します。
きっと、今は立派なお医者様になってるんだろうな。
けど。大学病院のお医者様だったら大変だろうな。

患者は深刻な症例の人や、藁にもすがる思いで来てる人が多い。
それでも。時にはやさしさをひきちぎって働かなくちゃいけない。
そうしないと、身も心もボロボロになってしまう。

大学病院というのは、私にとってそんな過酷さを感じさせる場所だったのです。


過去のこと | 08:46:17 | トラックバック(0) | コメント(2)
生後2週間での大学病院
喜びもつかの間 の続きです。

最初、何を言われたのか理解できませんでした。
先生何言ってるの?こんなに元気だよ。よく寝るし泣くしおっぱいも飲むし。
変なとこなんか、ひとつもないよ?先生、もう一度ちゃんと診察してみてよ。

私 「すいません。ちょっと意味がわからないんですが。心臓がおかしいって事ですか?」
先生「心臓の音にですね。雑音が入ってくるんです」
私 「雑音が入るというのは、どういう事なんですか?」
先生「その原因を調べるために、施設の整った大学病院で検査をしてほしいんです。
    私の方で、予約を入れておきます。後ほど紹介状もお渡しします」

目の前がまっくらになりました。驚きのあまり涙も出ない。身体が震えてきた。
その後も、先生は色々説明してくれます。でも、私の頭に入ってきませんでした。
なんで?どうして?どうしよう。どうしよう。そんな事ばっかり思ってた。

午後になって、退院のお迎えの為ダンナが来院しました。
でもそれまでの間、私は茫然自失で退院の支度など、できない状態です。
ダンナは、私の様子がおかしい事にすぐ気が付きました。

ダンナ「どうしたの?今日退院だよね。支度はこれから?」
私  「・・・なんかね。大学病院で検査しろって言われた」
ダンナ「は??どういう事?」

頭の整理がつかない私。説明もしどろもどろ。話してるうちに涙が出てきた。
途中、見かねた産科の婦長さんが事情説明に入ってくれました。

「驚かれたでしょうけど、結構あるんですよ。様子を見る限り元気ですし、大丈夫ですよ。
 でも念の為、検査を受けましょうね。ということなんですよ」

余りにも、しょぼくれてる私に、婦長さんも最後は慰めてくれました。
ダンナも「大丈夫だよ!こんなに元気なんだから」と言ってくれた。
でも私の心は晴れない。何を言われても素通り。

しかも母子手帳には「異常あり」と、「心雑」の文字。
何度も何度も見た。見たって結果は変わらないのに。

IMG_20161128_071854.jpg

同じ部屋の他のお母さんや赤ちゃんを見るのがつらかった。
みんな幸せそう。屈託のない笑顔がとても眩しかった。こんな気持ちは私だけだ。
どうして。どうしてこの子なの?どうして私の赤ちゃんだけが。

落ち込む私に、ダンナが活を入れます。
「お母さんになったんだよ。しっかりしなくちゃ。泣いてる場合じゃないよ」
わかってる。わかってるよ。考えてもしょうがない。けど。

その日、大学病院の紹介状と先生の手紙を受け取り、産科を後にします。
検査はこの1週間後。産まれて間もないのに、いきなり大学病院で検査。
どんな検査なんだろう。痛い事とかするのかな。
まだこんなに小さいのに。ごめんね。

私はやっぱり、子供を産んじゃいけなかったのかな。そんな思いが頭をよぎります。
続きます。


過去のこと | 08:35:12 | トラックバック(0) | コメント(0)
喜びもつかの間
前回の続きです。

入院するほどの「絶対安静」ではなかったけれど。
極力安静に、との指示を忠実に守り、自宅でひっそりと過ごします。

この出血以降は、順調に推移していきました。つわりも全くなかった。
月1回の検診時も異常なし。検診のたびに、赤ちゃんの様子をエコーを見せてもらいました。
今でも忘れないのは、3ヶ月目の検診。
まだ数センチにも満たない、その姿を見た時です。

IMG_20161126_094608.jpg

ちょっとわかりづらいですが、ちゃんと全身が映り込んでます。
エコーで見てる最中、手足をバタバタさせてもいました。
動いてる赤ちゃんを見て、何ともいえない気持ちが湧き上がってきます。

「生きてる。こんなに小さいのに、手も足もある」(当たり前ですが)
まだ3ヶ月だったので、自分のお腹は大きくないし、目に見える変化もなかった。
でも、身体の中では着々とちいさな命が育まれていた。ちょっと泣きそうになりました。

早く。早く安定期になってほしい。絶対に産みたい。
安定期に入るまでは、一日一日がとても長く感じました。
やがて、母子手帳をもらい6カ月目に入った頃。
やっと先生から、普通の生活へ戻っていいと指示が出ます。

「もうここまで来たら大丈夫。これからは少しづつ、運動して下さいね。
 でも、激しいのはダメですよ。家の周りをゆっくり散歩するくらいでね」

安心しました。その後も順調に赤ちゃんは大きくなっていった。
けれど。8ヶ月目になったある日。
また突然の出血が始まりました。今度も妊娠初期と同じ、少量の出血です。
出血のみで、お腹の張りや痛みはない。けど、とても不安になりました。
検診予定日ではないけれど、病院へ走ります。

病院で一通り診察はするも
「お母さんの体、お腹の赤ちゃんどちらにも異常はありません。出産の兆候もありません」
とのお言葉。先生が言うなら安心なんだろうけど。でもやっぱり心配。

その後、出血はおさまり臨月へ入ります。
予定日より1週間ほど早まりましたが、やっと出産にこぎつけました。
無事、3178グラムの元気な女の子が産まれます。

出産後は、ダンナも実家の親も毎日毎日、娘の顔を見に来ました。
良く寝る良くおっぱいを飲む元気な赤ちゃん。
このまま順調に退院できる。そう思ってました。

そうして出産から1週間、退院する日が来ました。
退院前に娘の新生児検診があり、併設してる小児科の先生が診察に来ました。
問診後、心臓の音を聞くため、娘の胸へ聴診器を当てる先生。

先生の手が止まります。ずっと心臓の音を聞いている。
同じ日に生まれた他の赤ちゃんは、すぐ終わったのに。やけに時間がかかる。
先生の様子を見て、嫌な予感がしました。

診察を終えた先生が、私に向かって言います。
「心臓の音に、雑音が混ざってます。今のところ、元気なので大丈夫だと思いますが、
念の為、大学病院で検査を受けて下さい。紹介状を書きます」

続きます。

過去のこと | 09:02:23 | トラックバック(0) | コメント(0)
失って。授かって
私達夫婦は、なかなか子供ができませんでした。
最初の子を妊娠した時は、結婚してから4年近く経ってました。
しかし結果は残念ながら流産。

2回目に妊娠したのは、流産から2年後の事です。
この時私達は、東京から地方(私の故郷)へ転居してました。
生まれ育った気候が良かったのか、環境を変えたのが良かったのか。

地方へ移ってすぐ、3ヶ月もたたないうちに妊娠しました。
予定日になっても、月経が来ないので検査薬で調べると陽性。
最初は驚きましたが、今回は前回と違って嬉しさがじわじわこみあげてきました。

ただ、私はこの時もフルタイムで仕事をしてました。
普通の事務仕事だったらよかったのですが、なぜか畑違いの営業職なんてやっていた。
精神的に負荷のかかる仕事でした。常にストレス満載だった。

仕事どうしようかな。結構キツいんだよな。契約も取れないし。
私には合わない職種だし。妊娠もしたし。辞める相談しよう。
そう考えていたら。

またしても、突然の出血が始まった。前回のような大量出血ではない。
でも、だらだらと出血が続く。とてもあせりました。

すぐ、産婦人科へ行って診察してもらいます。
ハラハラしましたが、お腹の子はなんとか無事でした。
でも先生からは、私の場合、妊娠しづらい上に流産しやすいようだ。
安定期に入るまではとにかく安静に。とお達しが出ました。

安静に。と言われてもさじ加減がわからない。

私 「安静って、ずっと寝てるって事ですか?」
先生「日常の家事程度なら動いてもいいですが、可能であればずっと横になってて下さい」
私 「私、今仕事してるんですが、これは勿論辞めた方がいいって事ですよね」
先生「無事に赤ちゃんを産みたいのであれば、今すぐ辞めてください」

思った以上に、厳しい口調で言われました。
赤ちゃんは大事だけど、今まで世話になった会社にいきなり
「妊娠したのでもう今日限りで辞めます。」
こう言うのはアリなのか?ちょっと気がひけてしまった。

帰宅してから、ダンナに相談しました(聞くまでもなくダンナの答えはわかってましたが)

「辞めろ辞めろ。明日からもう行くな。仕事なんてどうでもいい。
言いづらかったら俺が連絡してやる」

本当に今すぐ会社へ電話しそうな勢い。

明日からもう出社しない。連絡は自分でするから大丈夫。
と、私は丁重にお断りして、会社へ事情説明の電話をしました。

上司はとても驚いてましたが、最後は
「お大事になさってください。元気に赤ちゃんを産んでください」
社交辞令でしょうが、このように言ってくれました。

この日から、自宅でひたすら安静にする日が続きました。
出血は3日ほどでおさまり、その後、変な兆候は出て来ませんでした。
このまま。このまま無事に安定期に入ってほしいな。
そう願いながら日々を過ごします。


過去のこと | 08:49:32 | トラックバック(0) | コメント(0)
さよなら。そして
薄情な母親の続きです。

トイレに入って驚きました。便器の水が真っ赤になる位の出血。
月経とは、いつもとは違う出血の仕方だった。
大量の血液の中に、ちいさな数ミリの白い固まりも見えた。
私はすぐ、産婦人科へ行きました。症状を説明し、エコーと内診。診察の結果を待ちます。

先生 「残念ですが、流産しています。」

出血した段階で、流産したんだな。と、なんとなく覚悟はしてました。
気になったので、出血した時のちいさな白い固まりについても聞きました。

先生はちょっと考えた後、
「そうですね。もしかすると赤ちゃんだったかもしれないですね。
 今回は残念でしたが、でもよくある事ですから。また頑張りましょうね」

先生からこう言われた瞬間、目から涙が溢れてきました。
驚きました。泣くつもりなんてなかったのに。

あれほど欲しくなかった子供だったのに。
産みたくない、迷惑とすら思った子供だったのに。
流産してほっとする。そう思った。それなのに。

なんだろう。この感情は。
どうして涙が出るんだろう。
どうしてこんなに悲しいんだろう。

泣きながらずっと後悔していた。
どうしてもっと喜ぶ事ができなかったんだろう。
もし産まれてたら、どんな子に育ってくれたんだろう。
男の子だったのかな。女の子だったのかな。
ダンナに似た子だったのかな。私に似てたのかな。

失って初めて気が付いた。
もうどこにもいない。私のせいだ。
詫びるには遠すぎて。悔やむには遅すぎて。

仕事から帰ってきたダンナの顔を見て、また涙が出てきてしまった。
「ごめんね。ダメだった」
こう言うだけで精一杯。ダンナは驚いていたけど、すぐこう言ってくれた。

「身体は大丈夫?ごめんな。引越とかで無理させたもんな。」

こんなに心配してくれるのに。あんなに喜んでくれたのに。
それなのに私はどうだ。ひとつも喜ばなかった。邪魔にさえ思った。

謝るのは私の方。自分勝手な私。でも言えなかった。
こんな薄情な事を考えていたなんて、言えなかった。

ごめんね。本当にごめんね。
もう同じ過ちはおかさないから。
次は。もし、また子供を授かることができたら、その時は。

あなたの分も一緒にいっぱい喜ぶよ。
たくさんたくさん可愛がるんだ。そしてこう言うんだ。
「私達のところへ来てくれてありがとう」って。



過去のこと | 08:13:13 | トラックバック(0) | コメント(4)
薄情な母親
私が娘を産んだのは16年前。
でもその2年ほど前に、流産を経験しています。

一人目の子を妊娠した時、私は28歳。当時はフルタイムの仕事をしてました。
丁度その時、引越をする予定で、とてもバタバタした時期でした。
キャッシュで新しい車も購入したばかりだった。とにかく物入りだった。

私は、月経の周期はかなり正確です。周期は21日でぴったりきます。
早まる事があっても、遅れる事はありませんでした。
この時、予定日から1週間過ぎても来なかったので、妊娠検査薬で調べました。

結果は陽性。
ここで喜ぶのが、普通のお母さんなのでしょうが、私は違いました。
ひどく動揺した。困った、というのが正直な気持ちでした。

どうしよう。ダンナの給料だけで生活していけるだろうか。
なにより、この頃は喫煙してたしお酒も飲んでた。身体に悪い生活をしていた。
お腹の子供は、大丈夫だろうか。普通の子が産まれるだろうか。

私の弟は、生まれつき知的障害を持っています。
原因はわかりません。遺伝性があるのかすらも今の医学ではわからない。
でも、障害がある子を育てるのはとても大変。それは見てて痛感してました。

同時に私はいつも心の中で、思っていました。
「もし、弟みたいな子が産まれたらどうしよう。育てられるだろうか」と。
もしかすると、遺伝する障害なのかもしれない。遺伝したらどうしよう。

できることなら、子供は産みたくない。一生ダンナと二人きりでもいい。とすら考えてた。
ひどい母親です。せっかく宿ってくれたのに、残念としか思わなかった。

検査薬で陽性が出た日。
妊娠しかたもしれない。と、ダンナへ報告しました。
「本当に?やったね!そっかー。じゃ引越の準備は俺がやるから、静かにしてろよ。
 重たいものとか、持つなよ。」

ダンナは常日頃、子供が欲しい欲しいと言ってました。
妊娠の報告をとても喜んでくれた。身体も気遣ってくれた。
対照的に私は、どんより暗く不安な気持ちでいっぱいです。

翌日、産婦人科へ診察に行きました。
尿検査して、エコー撮って、診察。先生から結果を言われます。
「おめでとうございます。妊娠2か月ですよ」

聞いた瞬間、絶望的な気分になりました。嬉しがるどころか
「妊娠はしてないようですよ。検査薬もあまりアテにならないですからね」
という言葉を心のどこかで期待していました。

普通だったら。私じゃないお母さんだったらきっと、とても喜ぶんだろうな。
ちっともめでたくなんかない。産みたくない。
どうしよう。本当に産んで大丈夫なのかな。
病院の帰り道、鬱鬱とした気持ちで、ずっとこんな事を考えていました。

そんな事を考えていたせいなのか。
ストレスで体調がおかしくなったせいなのか。
この、妊娠が判明してから1週間後の事です。

何の前触れもなく、いきなり大量の出血が始まりました。
続きます。

過去のこと | 09:21:39 | トラックバック(0) | コメント(2)
あの世からの声
「俺さあ、霊が見えるんだよね。いつもってわけじゃないけど」

ダンナの前に付き合ってた彼氏は、霊感がある人でした。
私は霊が見えない人なので、どんな感じなのか見当もつきません。
ただ、話を聞いてて面白かったのはその見え方。

元彼 「たまにさあ、死んだじいちゃんの霊が出るんだよね」
私  「えっ。そうなの?どんな時に?」
元彼 「自分の部屋に出てくるんだ。それがさ」
私  「うん」
元彼 「顔だけなんだよ。でっかい顔だけが、部屋の隅に浮かんでるんだ」
私  「でかいって、どんくらい?」
元彼 「2メートルくらい」

想像してみました。こんな感じ?

(゚Д゚)  (● _ ●)

怖いような、おもしろいような。大きい顔かあ。ちょっと不気味だわ。
幽霊というものは、等身大だとばかり思っていました。
でも彼らにも、色々とサイズがあるんですね。しかも顔だけとか。

ミニマムで妖精さんみたいな幽霊だったら、微笑ましいかも。
自分がもし幽霊になったら、手のりサイズになってみようかな。
なんかおやゆび姫みたいで、いいじゃない。可愛がってもらえそう。

「霊感がある人の傍にいると、見えない人も見える事がある」
ってよく言いますよね。この話が本当だったのか、
その彼氏と付き合ってる時、一度だけそれらしい経験をしました。

もう20年以上昔の話です。彼氏と甲府温泉へ、車で遊びに行った帰りの事です。
行きは高速を使いましたが、帰りは下っ走りで東京へ戻ってきました。
途中、奥多摩に差し掛かった頃、彼氏が言いだします。

「この辺って、オイラン淵なんだよ。女の人はひっぱられるっていうから気をつけなよ」
初めて聞く地名です。昔、たくさんの遊女が非業の死を遂げた場所らしい。
彼氏は冗談めかして言いました。まさか、本当に何かがあるとは思ってなかった。

言われて周囲を見渡してみると。確かに寂しい山道。行きかう車の数も少ない。
日中なのにどんよりした空気です。霊感のない私も、さすがにいい気分ではない。
そんなふうに考えてたら。

「ううぅ・・・うう・・・ぅううう・・・」
突然、車のステレオから女性のうめき声が聞こえてきました。
その時、カーステレオは明るいユーロビートのCDをかけていたのに。
音楽がぴたっと鳴りやみ、苦し気なうめき声が聞こえてきたのです。

私だけの空耳か?すぐ、隣で運転してる彼氏と目が合います。
「もしかして、まどりんも聞こえる?」
頷くと、彼氏は顔を強張らせハンドルを握り直します。やばい。
これは私だけに聞こえてる声ではない。もう、背筋が凍りつきました。

その声は、3分ほど続きました。が。
私も彼氏も、この声の事には触れず、ひたすら明るい話でやり過ごしました。
霊は寂しがりやだから、話題にすると近寄ってくるって聞いた。
下手に刺激して、取り憑かれて家までついて来られたら恐ろしい。

私たちは見えない聞こえない関係ない。
「平常心平常心。へい!じょうしーん。」と、心の中でアホな文言を唱え続けました。
霊感がある彼氏ですが、この時は声だけで姿は見えなかったそうです。

「見えなくてよかった。見てたら慌ててかっ飛ばして、事故ってたかもしれない」

恐ろしい。声だけでもざわざわした。見たら確実にパニくってた。
今、こうして思い出しても怖いです。

あとで、その時聞いてたCDを最初から聞き直しました。
でも変な音は、どこにも混ざってませんでした。やはりあれは……………。
いや。考えないようにしよう。これからは絶対にあの道は通らないぞ。



過去のこと | 09:20:47 | トラックバック(0) | コメント(2)
ダンナの手料理
日曜日の晩御飯は、ダンナが作りました。
メニューは、あんかけ焼きそばです。
野菜たっぷり具だくさん。これだけでお腹いっぱいになりました。

20161120221728509.jpg

ダンナは元々、中華料理の調理師です。
気が向いた時に、自分が食べたいものをチョチョイと作ります。

元プロが作るものなので、味はさることながら盛り付けも私とは一味違う。
娘など「えっ。今日パパが作るの?やったあ嬉しい!楽しみ!」
と、ダンナの料理を非常に喜びます。ちょっと複雑。
でも向こうはプロだ。上手なのは当たり前。気にしない気にしない。

料理ってセンスが大事だよな。ダンナを見てるとそう思います。
同じ材料で同じものを作っても、ダンナと私では仕上がりが全く異なる。
使ってる脳味噌の部分が、根本的に違うんじゃないか?
と思うほど、出来が違うのです。

娘が小さい頃、ダンナと二人でお留守番をしてもらった時がありました。
その時ダンナが、娘のおやつにホットケーキでミルフィーユを作ってくれた。
薄く焼いて、苺とホイップで可愛く仕上げたミルフィーユ。
見た目もおしゃれで、食べても美味しかった。

「おお。ただのホットケーキでも、盛り付け次第でこうなるのか」
と感動した記憶があります。料理が不得手な私にはできない発想です。
結婚当初は、料理上手なダンナにとても劣等感を抱いていました。今も多少あります。

でも、子供ができてからは逆に助かる。と思う事の方が多くなりました。
私が不在にしてても、娘にご飯をつくって食べさせてくれる。
これをしてくれるのは、本当にありがたい。掃除や洗濯より助かる。

実家の父など、笑ってしまうくらい何も出来ない人でした。
私が小学生の頃、母が急きょ入院した事があります。
母不在で、父が支度したその日の夕食は、未だに忘れません。

ご飯と、お新香と、お湯に醤油と豆腐が入った汁もの。これだけ。
美味しいとか不味いとか以前の問題で、非常にわびしい食卓でした(-_-)
「お母さんってすごいんだな。お願い。早く帰ってきて」子供心にそう思いました。

私は今もですが、料理が下手くそです。
結婚するまで、自炊なんてほとんどしてませんでした。
ご飯はコンビニばかりだった。冷蔵庫にはジュースしか入ってなかった。

こんな調子で、料理教室に通う事もなく結婚したのでさあ大変。
新婚当初なんて、ロールキャベツを作るのに、葉をボイルせず、
生の葉に具を詰めようと悪戦苦闘して、大爆笑されました。
彩りにとケチャップを入れて、奇妙な味の麻婆豆腐を作ったりもしました。

今は、クックパットという便利なものがあります。
以前のように、致命的な失敗をする事は無くなりました。
それでも。今まで作ったことのない料理を夕食に出すと、こう言われます。

「なんで、晩御飯でチャレンジするの?こういうのは、休みの日とかにしてよ」

いかに、私の料理の腕前を信用していないか。がわかる一言です(。-_-。)


ダンナのこと | 07:35:16 | トラックバック(0) | コメント(4)
娘のコイバナは封印
娘はおそらく、今まで彼氏ができたことがありません。
おそらく、というのは好きな人がいるいないといった話を
親には一切しないので、私達にはわからないからです。

ダンナもダンナで、
中学の時は「中校生のうちは、彼氏なんていらん!高校になってからでいいんだ」
高校に入ると「高校生のうちは、彼氏なんていらん!大人になってからでいいんだ」

そしてついこの間は
「結婚なんかしなくても、子供はできるんだ!」
と、トンでも発言が飛び出す始末(^_^;)

こんな調子なので、娘も家で好きな人や男の子の話はしません。それどころか
「私、この家にいたら一生お嫁に行けない」と達観してます。

娘が中学の時のことです。
同じ部活で仲良くしてる男の子がいました。(ケンジくんとしますね)
近所に住んでることもあり、毎日迎えに来てくれ、帰りも家まで送ってくれました。
学校帰りに、道端で話し込んでる姿もよく見かけました。

余りにもいつも一緒にいるので、最初は彼氏なのかな?の思ったほどです。
けど、娘に言わせると「絶対ないない。ケンジは、男じゃなくて女だから」ひどい言われよう

でも確かに娘の言うとおり、ケンジ君はちょっとオネエ的な子でした。
男の子と話が合わなくて、いつも女の子とつるんでいたそうです。

そんなある日のこと。
私もダンナも仕事で出かけて、娘が一人で留守番してた時の出来事です。
その日はダンナの方が先に家へ帰ってました。それから遅れること1時間、私が帰宅します。
すると。玄関へ入った瞬間、ダンナが顔を強張らせすっ飛んできました。

ダンナ「おい。俺が帰ってきたら、アイツ、男と一緒に家の中にいたんだぞ。二人きりで」
私 「男の子?今もいるの?」
ダンナ 「さっき、帰った」

ウチに来るような仲のいい男の子。誰だろう?ああ、ケンジ君かな。
そういやなんか今日、部活の打ち合わせでウチに集まるとか言ってたな。
私が「多分、同じ部活のケンジ君って子だよ。話はしなかったの?」と聞いたら

「俺、あいさつだけして、すぐ自分の部屋に行ったからわからない。聞いてみて。」

相当、動揺したようです。話くらい、ちっとはすりゃあいいのに。
常日頃「彼氏なんて連れてきたら、その場で追い出してやる!」なんて言ってたくせに
いざそのような場面になったら、自分が出てってしまうというヘタレ具合です。

しかも気になるなら本人に聞けばいいものをなぜか私に聞いてくる。
娘に聞いてみたら、やはりケンジ君との事。
本当は二人きりじゃなくて、もう一人友達が来る予定だったらしいです。
けど、ドタキャンされて二人になっちゃった、とぷりぷり怒ってました。

「パパ、絶対勘違いしてるでしょ。違うって言っといてよ。
ママもわかってるでしょ。真面目にあいつが彼氏なんてありえないんだから

あなたたち。なぜ、いちいち私を通すんですか?私は伝書鳩ではありませんよ。
娘が思春期になってから、こういうやりとりがぐんと増えた。
テストの事、友達の事、学校の事。私経由でダンナへ情報が回ることがほとんど。

別にいいんです。でもね。私から娘の事を報告すると、ダンナはいじける。
「なにそれ。俺聞いてないよ。なんで俺に言ってくれないんだアイツ(´・ω・`)」
言ったら怒るし、言わなきゃいじけるし。どうすりゃいいんだ。

「どうせお前ら二人でこそこそ、俺の知らない話をしてるんだろ」
あら。わかってるじゃない。でもさ、仕方ないでしょ。

アナタがうるさい事いうから、言えないんだよ。
それでなくても、親と距離を置き始める難しい時期なんだからさ。
もう少し、理解のあるパパになればいいのに。

と、思いますがきっと無理だろうなー。



日常のこと | 08:32:46 | トラックバック(0) | コメント(8)
私が知らないダンナの考え
先日の続きです。

大事に大事に育ててきた一人娘。幸せになってほしい。
できれば私達以上に大切にしてくれる、大切にしたい。
そう思える人とも、巡りあって欲しい。

どんな人を彼氏(旦那さん)にするのかな。イケメンかな。優男かな。
などと私は、今から楽しみにしてるけどダンナは違う。
「俺、どんなヤツでも、絶対反対するよ。連れてきても、顔なんか見たくない」

なんて大人気のないことを言ってるんでしょう(^^ゞ
でもこれはもう、以前から言ってた事なので「ふんふん」と思って聞いてました。

しかし。できれば私は、孫の顔が見たい。と思ってる。
こればかりは相手あっての事だし、子供もできるかどうかはわからないけど。
でも順番としては、まず相手を見つけなければ子供はできない。一人じゃ無理。

ですから私、ダンナへ聞きました。
「孫の顔は見たくないの?」と。

すると。なんとダンナ。
「別に結婚なんかしなくたって、子供はできるじゃん」

………………
………………………(・ω・)

   ハア( ゚ ゚ )?

衝撃の発言。
一瞬、耳を疑いました。娘も口をあんぐり。何?なんですと?

「意味わかってて言ってるの?それは未婚の母になれって事?」
思わず聞き返すと、ダンナ。
「そうだね。それでもいいと思うよ」

そんなに、お嫁に出すのがイヤなんですか?
いくら酔っ払ってるとはいえ、一体何を言い出すんだこの人は。
まさか未婚の母を推奨するとは、思ってもいませんでした。

でもダンナさん。
それは間接的に「父親」という自分自身をも、否定する事になるのでは?
途中で一人になるのは仕方ないとしても。
最初から一人っていうのは、いくらなんでも淋しくない?

いやはやまあ。
こんな事を考えてたとは。夫婦とはいえ、やっぱり他人の事はわからないな。
20年以上一緒にいるけど、いまだに知らなかった所がたくさん出てくる。
毎日顔を合わせても、たまにすごく遠く感じることもある。

でも逆に、だからこそ面白い。
こういった、ふとした拍子にそう思う。
やっぱ、1回は結婚しといたほうがいいよ。失敗したっていいんだからさ。

後日、娘が私へ言ってきました。
「わたし絶対にこの家出るから。でないと、結婚できない。一人で死ぬなんてやだもん」

うん。そうだね。
是非ともそうして下さい(-_-)
どうか私たちに気兼ねすることなく、いいお相手を見つけてください。


ダンナのこと | 10:52:10 | トラックバック(0) | コメント(0)
ダンナの意外な本音
義弟夫婦が、滞在していた時の話です。

滞在初日の夜。
義弟夫婦と一緒に居酒屋で、飲んで食べて大いに盛り上がりました。
普段会えないけど、気心がしれた相手だったからなのか。
酔っぱらったダンナの口から、意外な言葉が飛び出しました。

まずは、現在の住まいについて。
主人は元々、東京出身。出逢った当時は、私も東京に住んでいた。
結婚後も、5年ほど東京で生活していました。
そんな私達が、雪深いこの地方都市へ移住してきたのは17年前。

私は、今も昔も寒い場所が嫌いです。きっとこれからも。小さい頃から

「大人になったら雪が降らない場所に住むぞ」

という夢を持ってました。
単純にそれだけの理由で、進学先として東京の学校を選んだほどです。

それなのに。ダンナの
「もう東京は嫌だ。これからは田舎でのんびり暮らすぞ」
という鶴の一声で、また私の生まれ故郷へ舞い戻ってきました。

当時、私もダンナの親もみんな反対しました。
何が悲しくて、またあの寒い場所へ戻らなくちゃいけないんだ。
どうせ引っ越すなら、私は沖縄とか奄美大島とか暖かい場所の方がいい。

しかし説得むなしく、私の夢は破れ雪深い土地で生活をする事となります。
首都圏のあの人の多さと、せわしない雰囲気が大嫌いなダンナ。
これまで何度となく「ねえ。東京へ戻りたいな」と言ってきた。
でもことごとく、私の言葉は無視された。

もう二度と東京へ戻る事はないんだろうな。
このままこの地で人生を終えるのかな。
私はそう覚悟してました。

でも。酔った拍子にダンナはぽろっと、こんな事を言いました。
「なんか。もうここはもう飽きたな」
晴天の霹靂。なんだ。そうなの?そんな事思ってたの?早く言ってよ。
私は寒くさえなければ、どこに住んでもかまわない。

いっそ、娘の大学進学に合わせて、どこかあったかい場所へ転居したっていい。
この家だって、処分したっていい。持家じゃなくたっていい。
私はわくわくして、ダンナへ提案しようとしましたが

「でも、まだここを出るつもりはないよ」
と、バッサリ言い切られてしまった。

ちぇーっ。なんだよ。
でも「まだ」という事は。将来引っ越してもいいという事なんだな。
以前は「この雪国へ骨を埋める」なんて言ってた。
その時と比較すると大きな変化。いや、私にとっては進歩だ。

年を取ったら、この寒暖差は身にこたえるし、雪も多くて大変。
若い頃は、そんなの意識しなかった。
けど年々、雪道の運転や雪かきがしんどくなってきた。
もっと穏やかな気候の地域で、のんびり暮らすのも悪くない。

ダンナの中で、何か気持ちの変化があったに違いない。
やった私の老後の楽しみが一つ増えたぞ(*^_^*)

そして次は娘の将来。主に結婚にについて。
ここで、トンでも発言が飛び出しました。続きます。


ダンナのこと | 09:53:41 | トラックバック(0) | コメント(2)
話を聞くのも仕事のうち
前回の続きです。

現在行きつけの美容室は、美容室ジブシーを散々繰り返しやっと見つけました。
髪形というのは同じお願いしても、美容師さんによって解釈が変わります。
思ったように仕上げてくれる美容師さんを見つけるのに、随分時間を費やしました。

今私を担当してくれる美容師さんに、技術的な問題や不満はありません。
母娘二人でお世話になっていて、娘もお気に入りの美容師さんです。

ただ。私には担当の美容師さんのテンションが高すぎて少々疲れる。
いい人なんですけどね。とても気を遣ってくれるし優しい。

でも私はどちらかというと、無口な位の美容師さんが丁度いい。
技術的な事だけ話をして、あとは淡々とカットしてもらう。
沈黙は全く気にならない。むしろ静かな方が心地よい。そう思いますが。

技術も性格も相性がいい人を見つけるのは、なかなか難しいんですよね。
それとも、私が変人で偏屈なだけなんだろうか。

なので義弟へ聞いてみました。売れっ子美容師さんはどんな接客をしてるのか。

私 「やっぱり、お客さんへは気を遣って色々話しかけたりするの?」
義弟 「ううん。自分からは話しないね。聞かれたら話はするけど」
意外なお答え。そしてその後の話が面白かったです。

「逆にね、お客さんは話がしたくて来るんだよね。
 中には、カットそっちのけで、話の最中に興奮して泣き出す人とかもいるよ」

泣き出す?カットの最中に?どうやったらそんな事になる?不思議だわ(笑)

「カットが終わるでしょ。で、最後仕上がりを合わせ鏡で見せようとするんだけどね。
 ほとんどの人が “見なくてもいいわー”って、仕上がりを見ないで帰ってくんだよね」

それも驚きです。けど、それだけ信頼されてるということなんだろうな。

「カットの出来具合も、ちょっとは見てもらいたいかなーなんて思うけど(^_^;」
美容師さんだからね。やっぱりそこは気になる所だよね。
しかし。中には義弟の顔が見たい。
話がしたいだけの理由で来る。そんな人もいそうだ。

なんか美容師というより、カウンセラーみたいだね。と言うと

「そうそう。そんな感じ。お客さんが求めてるのは、技術的なものだけじゃないんだよね。
 話を聞いてもらいたいとか、一人の時間を楽しみたいとか、人それぞれ。
 だから、開店当初は目いっぱいお客さんを入れてたけど、最近はお客さん同士が、
 かぶらないよう、気を付けてるんだ」

義弟のお店は小さいけど、一度に3人までは施術できる造りになってるはず。
重複して接客は可能だけど、常に一対一で対応してるということなのか。

「お客さんによっては、隣に人がいたら話したくても話せない。とか、
 自分の為だけに時間を使ってほしい、って人もいるし。気にしない人もいるし。
 そこはお客さんの様子を見て、予定を組んでるよ」

なんか奥が深いぞ。そんな事まで気を配るものなんだ。
ここまで配慮してるお店が繁盛しないはずがない。
札幌にあったら、私だって行きたいくらいだ。

義弟の名誉の為に書いておきますが、彼は美容師としての腕は確か。
私も以前カットしてもらいましたが、髪質を上手く利用しイメージ通りに仕上げてくれた。
技術だけではなく「どんな髪型にしたいのか」を汲み取るヒアリング能力も高かった。
今も勉強や研究に余念がありません。

ただ。自営なので、何かあった時の後ろ盾は何もない。
文字通り、腕一本の勝負なので身体だけには気をつけなければ。
心配はそれだけです。

可愛い奥さんと子供の為にも、無理せず元気にね!

出来事 | 07:52:19 | トラックバック(0) | コメント(4)
人たらしな美容師
久しぶりに会った義弟夫婦と甥っ子。
義親達の時のように、気を遣うゴタゴタもなく →(なぜそこまで不機嫌になる? ) 
とても楽しいひと時を過ごし、昨日、風のように去っていきました(^^)

義弟夫婦が、美容室の経営を始めたのは5年程前のこと。

それまで、中堅どころの美容室で雇われ店長をしていた義弟。
毎日朝7時には家を出て、帰宅は12時過ぎの生活をしていました。
忙しい時は2時や3時まで、家に帰れないことも多々あったそう。

美容師っていうのは技術を売る商売。
飲食店と比較して「ロス」という概念がない。
商品を仕入れる為に、毎月毎月運転資金を用意する必要もない。

開店資金を除くと、必要な経費は家賃と光熱費だけ。
美容室というのは一度気に入ってもらえたら、ずっと通ってもらえる性質のもの。
開店する場所さえ間違わなければ、食べていく位の収入は充分確保できる。

ですから、かなり昔から義親や私達を含む周囲の人間は
「独立した方が、収入も増えるし自分の時間も出来るんじゃない?」
と勧めてきました。実際お店に来る人は、ほとんどが義弟のお客さんという話だった。

毎日通ってくれるおばあちゃんや、チップをくれるマダム。といった
熱心なお客さんをはじめ、男性からもかなりひいきにしてもらっていた。
義弟のお客さんだけで、1000人近くはいたとの事。売れっ子の美容師さんだった。

それでも慎重な性格の義弟。最初は、
「いや。俺の力だけでお客さんは呼べない。お店の看板があるから来てくれるんだ」
と消極的でした。でも結婚して子供が産まれる。となった時。

今の生活のままだと、家族との時間が持てない。自分のペースで仕事がしたい。
そう考えてお店を辞める決断し、入念な準備を重ね、独立する事となりました。
最初、軌道に乗るまでは大変そうでしたが、今はもう落ち着いてきました。

義弟は「人たらし」的な要素のある人です。
まず聞き上手。人の話を遮って自分の話をする。といった事は絶対しない。

黙って聞いてるだけではなく、人の話を引き出すのも上手い。
物事を見る視点も面白く、ユーモアがあります。
さりげなく褒め、話を膨らませ、いつのまにか楽しい気持ちにしてくれる。

会話を聞いていると、相手を全否定するような事も一切言わない。
お客さんがたくさんつく理由がわかる。もちろん、技術も理由のひとつでしょうが。
性格なのか、仕事柄そのようになっていったのかはわかりません。
でも義弟を見ていたら「人間」というものが好きなんだな。そう思います。

続きます。



出来事 | 09:01:13 | トラックバック(0) | コメント(0)
仲のいい兄弟を見てふと思う
昨日、義弟夫婦が遊びに来ました。3年ぶりですが、みんな元気元気。
前回会った時、甥っ子は1才でよちよち歩きだったけど、今はおしゃべりは達者で
ちょこまかと飛んで跳ねまわってました。ザ・男の子!子供の成長は早い。

久しぶりに会ったので、みんな携帯を取り出してパシャパシャ。
甥っ子と娘の撮影大会がはじまりました。

IMG_20161116_100014.jpg

ダンナは3才年下の弟と、二人兄弟です。
初めて義弟に会った時「全然似てない兄弟だな」そう思いました。
「パパとおじさんって、本当に兄弟なの?」と、娘も言います。

まず顔からして、全然違う。ダンナはソース顔、義弟はしょうゆ顔。
体格もダンナは96㌔、義弟は70㌔。身長は同じくらいなのにこの差。
今回、ダンナを見た義弟の第一声は
「なんかアニキ、見る度に大きくなってない?」でした(^_^;)

職業も、ダンナは元調理師(今はサラリーマン)、義弟は美容師。
性格も、ダンナは「昭和!」な頑固親父風だけど、義弟はソフトで女性の扱いがお上手。

そして。義弟はとてもおしゃれ。というか今風。ファッションもこだわりがあります。
奥様もおしゃれで派手(悪い意味ではなく)です。ちなみに髪は金髪です(^_^;)
私達夫婦は二人共お洒落に無頓着なので、一緒に並んで歩くと非常に違和感があります。

待ち合わせをしても、義弟夫婦を見つけるのは簡単。派手な人を探せばいい。
「なんか、やたら目立ってる人がいるぞ」
と、思ったらほぼ、義弟夫婦に間違いない(笑)空港でもすぐ見つける事ができる。

以前、義母がダンナ達兄弟の面白いエピソードを聞かせてくれました。
悪さをした時に、罰として家から閉め出した時の話です。

家から追い出された時の二人の反応は対照的です。
まずダンナは。
「ごめんなさいごめんなさい」と言いながら、玄関の前で泣いて反省する。
義弟はというと。
家から閉め出すと、そのままフラフラ遊びに行ってしまったそう。

これでは罰にならないと、ベランダへ閉め出しますが、今度はなんと。
ベランダから放尿して遊んでいたそうです(義親の家は公団の3階です)

義母「とにかく、義弟はね。何をしでかすかわからない子だったわ。
    兄の方は、馬鹿がつくくらい真面目だったのにね。」

今の彼らからは想像もつかない。時間って、色んなものを変化させるだなあ。

気質が全く違う二人ですが、昔からとても仲のいい兄弟です。
私には、同性のきょうだいがいないので、ちょっぴり羨ましい。
そして、こういう兄弟の関係を見るとたまーに思います。

「ああ。娘にきょうだいをつくってあげたらよかったのかな」って。

私は閉経したので、もう自分の赤ちゃんを産んでを抱く事はできません。二度と。
最初から子供は一人、と決めてたので後悔はしてないのですが。

いざ、もう産めない。となると結構寂しいものですね。
こんな気持ちになるのは更年期だからなのかな(´・_・`)
などとちょっとおセンチな気分になったのでした。



出来事 | 10:30:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
女の勘はバカにできない
今日明日と。東京にいる義弟夫婦&甥っ子がウチへ遊びに来ます。

普段ぐうたらな私にとって、来客というのは大掃除をするまたとない、いい機会。
いつもは丸い掃除しかしない私も、さすがに隅々まで綺麗にしようと頑張ります

義弟は今42才。奥様は35才。甥っ子は4才でかわいい盛りです。
現在自分で商売(美容室)をしてますが、こちらは順調に推移。
マンションも購入して、二人目も考えているとの話。

浪費家のダンナと違い、計画的に貯蓄ができる義弟。
同じ兄弟でも随分変わるもんですね(´-`)

義弟の奥様は、おしゃれで楽しくかわいい人です。
そんな二人が結婚したのは、7年前のこと。
小さい会場を借りきって、ミニ結婚式を挙げました。

参加者は総勢50名位。私達も上京し参加しました。
双方の身内と、会社の人達だけでのささやかな立食パーティーです。
地方に住んでる私達にとっては、久しぶりや初めて会う人ばかり。
娘を連れてあちこち挨拶周りをしました。

そんな中。
やけに目につく、というか気になる女性がいました。
年齢は、義弟と同じくらいの、ちょっと綺麗な方。
奥さん方の親族かな?会社の人かな?

パーティーが始まる直前、義母が来てその女性とお喋りしてました。
知り合いなんだな。会社の人かな。そう思って見てました。
すると。お話を終えたお義母さんが、私の傍へ来てこう言います。

「あの子ね、義弟の元彼女。結構昔の話だけどね。今も同じ所で働いてるのよ」

ああ。そうだったのか。
納得しました。
上手く言えないけど、やっぱりこういうのってわかるものなんだな。

面白いことに、その元彼女と奥様とは全然違うタイプの女性です。
花にたとえるなら元彼女が撫子で、奥様がひまわり。という感じ。
一見、共通性のない二人。にも関わらず、わかってしまう。これは女の勘ってやつ?

一人で来てて、静かに飲み物を飲んでた。義弟夫婦とも談笑してた。

特に目立つ言動はなかった。
変な様子もなかった。
身なりもちゃんとしてた。
なのに。私にはオーラが違って見えた。

男性が浮気しても、奥さんは見破ることができる。よく言うけど。
そんな事、あるもんなのか?そう思ってましたが。
彼女を見てなんとなく理解しました。なんでしょうね、この感覚。

他にも女性はたくさんいたけど、その元彼女だけは異質に見えた。不思議です。
視線だったり仕草だったり表情だったり。
はっきりと「これ!」と言えるものはない。でも。なんか、違うんだよなー。

普通にしてても「女」の気配というか、匂いを感じるというのか。
理屈じゃなくて、感覚なので言葉に表現するのが難しい(^_^;)
男女というのは、一度関係を持つと目には見えなくても空気が変わるのかな。
などと考えてました。

ちなみにダンナは全く気がつかなかった。というより無関心だった。
やはり女の事がわかるのは、同じ女同士なんだな。きっと。



過去のこと | 08:07:24 | トラックバック(0) | コメント(0)
高校お初の通知表
先月、高1娘が成績通知表を持って帰ってきました。

中学時代は、体育は4。それ以外は5を取れてました。
私の時代と違い、今の公立中学は絶対評価。
上から順番に5を割り当てるのではなく、一定レベルに達すると簡単に5が取れる仕組み。

実際、娘の中学校でも「オール5で内申Aランク」なんて子がゴロゴロいました。
授業をちゃんと聞いて予習復習をしっかりする。
これだけで、8割以上は得点できるレベル。それが中学時代の定期テストの内容だった。

しかしさすがに高校はそうはいかない。同じような学力と努力する子達の集まり。
高校へ入ってからの、娘の定期テストや模試の結果は、大きく変わりました。
定期テストも模試も、大体いつも320人中、100位くらいをウロチョロ。
悪くはないけど、良くもない。標準といったところ。

ですから、私も娘も通知表の結果はさほど期待していませんでした。
上手くいけば国語が5。理科社会英語は4いけばいい方かな。3でもおかしくない。
副教科は4いけばいいだろう。問題は数学だ。

高校入学後、小テストや定期テストは全て追試をくらってきた。
初回のテストなど、追々試までやらかしてる。平均点すら取れてない。
絶対「2」だな。そう思ってました。ところが。

通知表を見て驚きました。最初別な人の通知表かと思ったほどです。
結果はこれ。

IMG_20161114_071727.jpg

「なんで?どうしてこんなにいいの?」
見た私の第一声はこれでした(^_^;)娘も、同じ事を思ったようです。
娘 「だよね。思ってたのと全然違ってびっくりした」

高校の通知表の付け方は、相対に近い絶対評価だ。と聞いてました。
でもどちらにせよ、娘の今までの結果を考えると「5」がつく要素は少ないはず。
なのになぜ?不思議でしょうがない。

数学なんて、一度も平均点に達してないのに「4」。
先生。ちょっと甘すぎなんじゃないの?
自分の時はどうだったろう。思い出そうとするけどわからない。
でも少なくとも、追試をくらうレベルで3以上の成績なんて取れなかったと思う。

評定平均は「4.5」
これも、思ってたより良すぎる結果。
ペーパーの結果だけなら、100位くらいなのに通知表だと50位くらいの結果になる。
高校の成績の付け方が、私にはよくわからない(´・ω・`?)

ただ、話を聞くと授業態度も多少、加味されてるよう。
「全然寝ないで、ちゃんと授業受けてるよね。えらいよね」
と言われたそう。

こんなの、当たり前のように思うけど、どうやら違うもよう。
部活や通学が大変な高校生。そのつもりはなくても、授業中舟を漕ぐ人が多いそう。
大変なのはわかる。けど先生の話を聞かなくても大丈夫なのか?

私などは教科書を見ただけでは理解できない。聞いて初めて理解するタイプ。
だから、自分も学生時代は授業中に絶対寝る事はなかった。
なので他人事ながら、心配になります。

キミタチ、それで難関大学へ行けるのかい?と。

でもおかげで、推薦の可能性がゼロではなくなった。
(正直、高校入学時点で推薦は諦めていたので)

しかし。国公立を狙うのに、高校の成績は関係ない。
なんのかんの言っても、最後はセンター一発勝負。
娘さん。我が家の懐のためにも、是非国公立へ行ってください絶対じゃなないけどね


ムスメのこと | 08:46:13 | トラックバック(0) | コメント(6)
煮ても焼いても
皆さまは「保温炊き」という失敗をしでかした事はありますか?
お米を研いで「炊飯」ではなく、「保温」ボタンを押してしまう。
これをすると、あのような物体が出来上がるとは、夢にも思いませんでした。

私は一度だけやらかした事があります。
釜を開けた瞬間の、あの何とも言えない違和感は今でも覚えてます。
湯気がでない。艶がない。色も黄ばんでる。なんだこれは。
しゃもじでかき回した時の感触もいつもと違う。

食べてびっくり、芯が残ってる。糠のような臭いもする。
激マズなご飯の出来あがりです。
水加減を間違えて、固かったり柔らかく炊いたご飯とは比べ物にならない不味さ。

最初、お釜が壊れたのかと思いました。でも違った。
壊れていたのは、私の頭の方。
全ては、保温ボタンを押した私が原因でした。

この時は、3合も炊いてしまってました。
そのままでは、勿論食べる事ができない。どうしよう。困った私はおじやを作ります。が。
作ったはいいけど、仕上がりは惨憺たるもの(T_T)

言葉に言い表せないような、食感と味と風味でした。
ちゃんと味付けをしても、不味くて不味くて、食べれるような代物ではなかった。
正に「煮ても焼いても食えない」状態。トホホです。

同じ失敗でも、固めに炊きあがる分には、まだ転用できる。
チャーハンやドリアにしたり、おじやにだってできる。
柔らかかったら、おじやかリゾットにしてしまえばいい。
食べきれなかったら、最後の手段「冷凍保存」だってできる。

しかし。この保温炊きだけは、本当にどうしようもなかった。
「お百姓さん。ごめんなさい」
と謝りながら、このご飯を捨ててしまいました。罰あたりなヤツです。

こんな失敗、私くらいのものなんだろうな。そう思ってたら。
意外と、同じ過ちをしでかしてるものなんですね。

会社で聞いてみたら、皆さん一度は経験があるとの事で安心しました。
炊いたご飯がどうしようもなくて、捨ててしまったというくだりも一緒(笑)
やっぱり?そうだよね。あれはとても食べれる物じゃないよね。

本当に、転用の仕様がないのか、クックパットで調べてみたら。
ありました。私のような、オッチョコチョイさんが結構いて笑ってしまいました。
色々とメニューがありましたが、私が一番美味しそうだなと感じたのは
「おせんべい」にしてしまう調理法でした。

叩いて、伸ばして、形を整えて、油で焼く。
これなら、あの激マズなご飯もなんとか食べる事ができそうだ。
今度失敗したら、これをやってみよう。

いや。その前に。炊く時にちゃんと「炊飯」ボタンを押せばいいんだよ。
なんで、あの時「保温」ボタンを押したんだ?謎だ。


日常のこと | 08:42:39 | トラックバック(0) | コメント(4)
残高1,647円也
昨日、週末用のお金を引き出そうとATMへ行きました。
先月は、温泉だ野球だ娘の誕生日プレゼントだなんだかんだと、散在しまくった。
10月だけで、50万円近くのお金が、一気に出ていった。

今月に入ってからも、ダンナの冬物コートとYシャツで4万円使った。
娘のピアノの発表会費用+御月謝も、3万円支払ったりした。
母娘で病院行って、診察代とタクシー代で2万円近く使った。

ですから、残高が心許ないのは承知してました。それでも。
2~3万位は残ってるかな。そんな甘い期待を持ってましたが。

甘かったよー。
タイトル通りの寂しい残高の為、引き出せずそのまま回れ右して帰ってきました。
今、私の手元には3,000円の現金しかありません。
でもダンナの給料日まであと10日もある。無理だ。どう計算しても足りない。

とりあえず、ダンナのへそくりを借りる事にしました(普通は逆だよね)

Screenshot_2016-11-12-08-25-41.png

ウチは支払いなどの生活口座とは別に、いざという時の為に郵貯へ口座を用意してます。
その口座へ給料2ヶ月分ほどをキープして、困った時に手をつける感じ。

ですが「いざという時」用なので、簡単に降ろせるようにしてません。
カードは作らず、窓口へ行かないと引き出せないようにしてます。
そうしないとポンポンポンポン使ってしまうからです(^_^;)

冬のボーナスまで、持つかな。ギリギリいけるかな~。
と考えてましたが、全然足りない。ショートしてしまった。
仕方がない。郵貯から降ろすか。10万あれば足りるかな。

来週は娘へ、定期代3万円を渡さなきゃいけない。
ワンコの保険代7,000円の引き落としもある。
しかも15日と16日は、義弟達が東京から遊びに来るから、色々出費がかさむ。
これに至っては、いくらかかるか予想がつかない。

帰ってきたダンナは笑いながらこう言いました。
「俺達って、よく使うよなー。ダメだなあ。」

俺達?俺達?俺達? 勝手に複数形にするな!

アナタが一番の金喰い虫なんですが
車もリフォームも野球も全て、アナタがゴネるからOKを出したんです。わかってます?

・・・・・・・・とはいったものの。
やっぱ私ってやりくり下手くそだよなあ。
ダンナが使う。というせいもあるけどきっと、他のお宅の奥様だったら、
もっとちゃんと家計管理をしてるに違いない。

いくらダンナさんがゴネても「ダメなものはダメよ!」とできてるんだろうな。
全ては私の見通しの甘さが原因なんだよな。
週末だけどっか単発のアルバイト行こうかな。焼け石に水だろうけど
でもとりあえずは、給料日まで節制して乗り切らなければ。

早くこいこい給料日。早くこいこいボーナス支給日!


家計のこと | 09:12:55 | トラックバック(0) | コメント(2)
愛すればこそ
前回の続きです。

先生 「何か悩み事はある様子ですか?ちゃんと寝れてますか?部活はどうですか?」
心配して色々聞いてくれます。そして。

先生 「ちょっと、他の先生にも普段の様子を聞いてみます。
    聞いて、ご報告します。ちょっとお時間下さい。お母さん、お仕事ですか?
    この後、携帯は繋がりますか?」
 
なにやら大袈裟になってしまいそうです
でも。この際、普段の様子を知っておいても悪くはない。
お言葉に甘えて、他の先生にも聞いてもらう事にしました。

数時間後。携帯へ先生から電話がかかってきました。

先生 「他の先生にも聞いてみました。でもその、変な様子はなかったという事です」
私 「そうですか。わかりました。お手間かけて申し訳ありませんでした」
先生 「お母さんが心配されていた時の状況も(注意された時)、
     いつもと同じでそういうお子さん、という事ですね」

本日二度目の「そういうお子さん」発言が出ました(^_^;)
学校での娘の様子が、目に浮かびます。

思い起こせば。
小学中学を通して給食を食べ終わるのはいつも一番最後だと言ってた。
先生からも「てきぱきしてる」とか「素早い」と評価される事もなかった。
家でもだけど、学校でも相当のんびりしてるんだな。
このどんくささは、高校生になっても変わってなかったんだな。と思いました。

そして。先生と娘の間で、こんなやりとりがあったそうで。

先生「倒れたんだって?ケガ大丈夫かい?体育は休むかい?」
娘 「はい・・大丈夫です。でも、どうして知ってるんですか?」
先生 「お母さんから、連絡があったんだよ」

すると娘。
私が先生へ電話するとは思ってなかったようで、ちょっと不満気になったとのこと。
娘 「自分でちゃんと先生に言えるのに。私、信用されてないのかな(・ω・`)」
先生 「違うよ。心配なんだよ。愛されてるんだよ。感謝しなくちゃ」
すかさず娘へ言ってくれたそうです。ナイスフォローです。ありがたい。

後で娘と合流した時、先生とのこのやりとりを教えると
娘 「ええ?ママと先生、そんな事まで話してるの?やだあ。全部筒抜けなんだあ」
かなり心外だったようです(別に悪い事話してるわけないからいいじゃない?)

私が先生へ連絡したせいかどうかは、わかりませんが。
この日娘は、色んな先生から「大丈夫?」と声をかけられたそうです。

娘 「なんか、普段あんまり話さない先生まで知ってて恥ずかしかった(。-_-。)」

娘はケガも大分よくなり、今日も元気に学校へ行きました。
でも、騒ぎから日が経ってない事もあり、私はまだちょっと心配
無事に帰宅する娘の顔を見るまで、毎日、落ち着きなく待ってる母なのでした。


出来事 | 08:57:43 | トラックバック(0) | コメント(2)
心配しすぎだろうか
娘の転倒騒ぎのおまけ話です。

話は遡り、先週の出来事。
学校から帰って来た娘が、こう言ってきました。
「今日ね。担任の先生と他の先生から、ちゃんと話聞いてるかって言われちゃった」
ふうん。集中してなくて注意されたんだ。

授業中に他の考え事でもしていたのか。
はたまた、ぼーっとしてたのか。
「なんか、別の事でも考えてたの?」と聞くと
「そんな事ないよ。ちゃんと聞いてたもん!」とのお返事。

倒れた。
と聞いて真っ先に思い出したのがこの話でした。
ひょっとして。本当は、今までも今回のように意識が無くなる事があったのか?

本人も親も気がつかなかっただけだったのか?
もしかして、何か脳に異常があって意識が飛んでいたのか?
ひとたび、気になるといてもたってもいられません。

月曜日娘は普通通り、学校へ行きました。本人には
「昨日の出来事を先生にちゃんと言うんだよ」
と言っておきましたが、一応私からも担任の先生へ電話しました。
ケガの連絡ついでに、注意された時の状況も聞いておきたい。そう思ったので。

私からの連絡を受けた先生、
「今日休まなくても大丈夫ですか?お迎えにきますか?病院は行きましたか?」
と、いたく心配して下さった。
私は「ケガはしましたが、本人元気なので大丈夫です」と報告後、本題へ。

私 「実は先週、"授業に集中してない"と複数の先生から指摘を受けた。と娘から聞きまして」
先生 「はい。」
私 「その時の様子を教えて頂けたらと思いまして。覚えていたらで結構なんですが」

突然こんな事言われて、先生訳がわからなかったと思います。

失神した原因が貧血なのか、他の要因かがわからない。
これから病院へ行って診察を受けてみる。
そこで「話を聞いてない」時の感じは、単に集中してなかっただけなのか。
それとも、目の焦点があってない、となどといったおかしな感じだったのか。
普段とは違う感じだったのか。その辺りの様子が知りたい。と説明しました。

先生、合点したようで、ちょっとの間考えてました。
そして、先生の口から飛び出した言葉は。

「いや。彼女は、そういうとこがあるんで。

そういうお子さんなんだな、と私は思ってました」


咄嗟のことで先生、思わず本音が出ました。
笑ってしまった。「そういうとこ」ってどういうとこだ?
なんとなく、先生が言わんとしてる意味はわかるけど。

こう言ったら本人に怒られるけど、娘はぬけ作なところがあります。
娘は良く言えば癒し系。悪く言えばぼんやり。行動もトロいです。
興味のない話など、右から左へスルーする癖もある。

毎日顔を合わせてる私や担任の先生が、違和感を感じるほどの様子はなかった。
気になったけど、私の取越苦労だったんだな。
そう思って電話を切ろうとしましたが、今度は先生の方が気になるようです。

続きます。

出来事 | 08:27:03 | トラックバック(0) | コメント(2)
ドクターの一言は大きい
前回の続きです。

待ってる間に、看護師さんが来て問診。
問診後は、体温と血圧と動脈血酸素飽和度を測ります。どれも異常無し。

その後待つ事45分。順番が来たので、診察室へ入ります。
ドクターは、50代位のダンディでお優しそうな方(男性)でした。
身なりも白衣やケーシーではなく、至って普通のポロシャツとスラックスというカジュアルさ。

昨日の失神に至るまでの状況や、普段の体調などを娘が自分で説明しました。
慌ててたので、昨日の記事には書いてませんでしたが。
倒れる前に、娘はお腹が痛くなったそうです。
でも我慢して歩いていたら、突然ブラックアウトした。

ドクターは話を聞いたあと、診察を始めました。
瞳孔や反射の確認。痛覚やバランス感覚の確認。他にもなにやら色々やってました。
最後は、聴診器で心臓と肺の音の確認。一通りの診察が終わると説明に入ります。

娘の様子を診る限りは、脳や三半規管の異常や、重篤な病気はなさそうだ。
倒れる前に腹痛があったとの事なので、それが原因のように思う、との事でした。
症例名も言ってましたが、難しくて覚えきれませんでした(。-_-。)
反射性なんちゃら・・だっけかな。

「痛みがあると、急激に血圧が下がって意識が薄れる事があるからね」

実は。これ、昼間行った婦人科でも同じような事を言われました。
「腹痛や頭痛といった痛みから、低血圧や貧血を誘発することもあります」と。
科は違えど、同じような診立てです。へえー。そうなんだ。初めて知ったよ。

心配ないと思うけど念の為に、と心電図と血液検査をする事にしました。
心電図はともかく、血液検査なんて日数かかると思ったら違うんですね。

「1時間ほどで、結果が出ますから待ってて下さいね。結果を診てまた診察します」

今日採血して、今日結果がわかる。今の総合病院ってそうなんだ?
異常がなければ、2度も3度も通院する必要がないわけね。
すごいなあ。仕事が早いよ。私はただただ感心するばかり。

1時間近く経って、診察室へ呼ばれます。採血と心電図の結果報告。
ちょっとドキドキです。どうか、何事もありませんように(/ω\)

幸い、どちらも異常無しでした。強いて言えば、ヘモグロビンの数値がやや低め。
でもそれ以外は、赤血球も白血球も他の項目も、不自然な部分はありませんでした。
鉄分欠乏性の貧血気味だけど、年齢や女性という事を加味すると正常範囲内。

「特に、重篤な病気の兆候などはありませんね。
 もし貧血が心配でしたら造血剤出しますけど。
 それでも、飲むほどの数値ではないですけどね。」

ドクターの太鼓判を貰った娘は、安心したのかニコニコ顔です。

「よかったあ。ちょっと心配だったんだよね。」

平気そうな顔をしてたけど、やっぱり気にしてたんだ。そうだよね。
そうして、自分の血液検査の結果を見ながら、しみじみ言います。
「なんか、これ見ると私って健康じゃない?どれもちゃんと正常の中に入ってるよ」
こうやって数値で表されると、より安心できるようです。

そしてダンナへ報告。2人とも異常無しとの結果にダンナも安心したのか。
昨日とは打って変わって、いつもの食欲魔人になりました。
「おかわり!おやつ!おやつないの?買ってきてよ」うるさい





出来事 | 08:48:09 | トラックバック(0) | コメント(4)
診察の結果
昨日、婦人科を受診しました。

結果は自分が想像した通り、卵巣が原因でした。
左の卵巣に水が溜まって、少し腫れてたのです。でも筋腫等はありませんでした。
私の場合これが初めてではなく、今までも腫れたりひいたりを繰り返してきました。

先生曰く。閉経してるので、これ以上悪化する可能性が低い。
ということで、特に何も処置の必要がない。
念の為、半年に一回様子見させてねー。で終了しました。

閉経しても、まだ卵巣機能は残ってるんだ。最後の悪あがきかな?
でも大きな異常もなく一安心。それより、娘の方が心配だ。
私の診察と並行して、娘の状況のカウセリングも行いました。

周期が短い・出血量が多い・レバー状の出血もある・貧血気味
などなど、説明しました。そして出た結論が

・思春期なので、この程度の周期であれば正常範囲内
・出血も、多めだが大丈夫(オムツサイズでも間に合わない、とかだと話は別)
・貧血の原因が月経由来だとしても、今の段階で治療の方法はない
・わざわざ薬などを飲んで、周期を変えることはお勧めしない
・まだ高校生なのでいきなり内診はしない。でもお腹の上からエコーを撮る場合もある。

「もし貧血の心配をしてるのなら、血液検査をするのが一番だけど、
その場合、婦人科より内科の先生に診立ててもらう方が、より詳細で確実ですよ」

と教えてくれました。なるほど。
科によって得意分野があるからな。
聞いてみないと、わからないものなんだな。

結果的に、婦人科の受診時間を娘とずらして正解でした。
まず失神の原因が、貧血なのか違うものなのか。
そこを診立ててもらう方が先。

そこで娘の分の予約は、キャンセルして総合病院へ連れていくことに。

学校帰りの娘をつかまえて、大きな総合病院へGO。
到着しましたが、あまりにもでかい病院すぎて、娘はびびってました。

「ドクターXみたいな病院だね。大門みちこがいそう(・ω・`)。
 もし、なんともなかったら、怒られたりしないの?」

なにやらくだらない事を心配してます。が。娘さん、身体の心配が先ですよ。

娘は過去5年間、耳鼻科以外の病院へかかった事がありません。
学校だって、5年間無遅刻無欠席無早退の、超健康優良児で過ごしてきました。
小さい頃も、せいぜい近所の小児科へ行った程度です。

物ごころついてから大きい病院なんて、連れてきた事がない。今回が初めてです。
総合病院受付の綺麗なロビーに驚き、中の広さに驚き、病院の中のカフェに驚き
こう言ってはなんですが、全てのものが、かなり新鮮で不思議だったようです。

「病院なのに、どうしてカフェがあるの?どうしてコンビニがあるの?」

買い物する場所は必要なんです。
入院してる人だって、色々買いたいものある。
それに病院という所は、病人だけがいる訳じゃない。

ここは入院病床だけでも、300ある総合病院。
働く人も、見舞いに来る人の数も膨大。

緊張してるかと思いきや、天然ぷりを発揮します。
娘「お腹すいた・・・。なんか食べたい。カフェ入りたい」
私「食べてもいいけど、血液検査の後にしようね」

私はそう言って、新規の診察カードを記入し、受付を済ませ待合室へ進み待ちました。
続きます。


出来事 | 08:56:14 | トラックバック(0) | コメント(0)
母娘で体調不良
昨日、ちょっとしたアクシデントがありました。

日曜なので私もダンナも仕事はお休み。でも娘は部活の為、学校へ。
昨日は、季節外れの大雪の為、帰りは最寄駅までダンナが迎えに行きました。
しかし。待てどくらせど戻ってこない。どうしたのかな、と思ったら電話が鳴ります。

ダンナからでした。

「なんか、地下鉄降りて歩いてる途中で、気を失って倒れたらしい。
倒れた拍子に顔を打って、血だらけで駅の医務室にいるっていうから、俺、ちょっと行ってくる」

との事。失神した?血だらけ?心配で心配で、顔を見るまで落ち着きませんでした。

帰って来た娘を見たら、正面から倒れたようで、唇を切っておでこもたんこぶが。
本人いわく、「いきなり目の前が真っ暗になって、気が付いたら周りにたくさん人がいた」

倒れた時は、顔が真っ白になってたそうです。貧血かな?
帰ってきてからは、「お腹すいたー」とご飯も、モリモリ食べ普通にあり、元気です。
でも私からすると、こんな事初めてなので、すごく動揺してます。今も。

娘は、生理周期がとても短いです。
先月などは、月初と月末の2回来ました。21日周期だと、タイミングでそうなる月もある。
日数を数えてみたら、ちょっと間隔が短い。思春期だから、不安定かもしれない。
でも、頻発気味だな。そう思ってた矢先の出来事です。

一応元気は元気なので、今日は学校へ行かせました。
ただやはり心配なので、今日の夕方婦人科を受診します。
ちゃんと診てもらって血液検査もして、貧血なのかどうかも確認する為に。

そして間の悪い事に。
実は私もここ何日か、婦人科が原因と思われる体調不良になってます(T_T)

私は娘が産まれてすぐの頃、左の卵巣にのう腫ができて、手術した事があります。
手術以降も、卵巣が腫れて痛む時もしばし。
先生からは様子見て、あまりにも調子が悪くなるようだったら、考えよう、と言われてました。

先週から左下腹部の鈍痛が続いてました。
で、一回診てもらおうと、予約を入れてた所だった。
閉経しても、卵巣機能って働いてるものなのか?もしかして悪性かな?
色々と変な想像してましたが、娘の転倒さわぎで全部吹っ飛びました。

同じ婦人科へ行くので本当は、私も娘も同じ時間帯で診てもらう方が効率的。
しかし私も調子が悪い。と、娘にバレるととても心配するので、私の受診は内緒です。
今日は日中私。夕方は娘。私は2度同じ病院へ足を運ぶのです(笑)

そして。
ダンナにだけは、私の体調不良の話は昨日してあります。
言った時は(´・ω・`)←こんな顔してました(笑)。すごい心配性なんですよ。
本当は言いたくなかったんだけどね。でも後で言うと、怒るんでね。

加えて、同じ日に娘の転倒とケガ。ダンナは気が気じゃなかったと思います。
昨日の夕食はいつもの半分しか食べず、日課のおやつも食べませんでした。
しかもたいして食べてないにも関わらず、お腹を壊して夜中、何度もトイレへ駆け込みました。
明らかに、精神面の影響。

「なんともなかったよー」と報告して安心させたいです。
という訳で。今日はこれから病院です。やだなあ・・・。


出来事 | 09:23:25 | トラックバック(0) | コメント(2)
将来の自分が見えた
前回の続きです。

お弁当を投げつけられ、言われるまま再び買い出しへ行ったお母さん。
私はとても、気まずかったけどMさんは全然気にするそぶりがない。
お父さんも何事もなかったかのように、新聞を読み続けている。

ひょっとして、この家にとってこれは日常的なことなの?
でも、これは普通じゃないよ。
食べ物を投げつけるなんて、どう考えてもおかしいよ。

思わずMさんへ言ってしまいました。
「ちょっとひどくない?なにもあそこまですることないでしょ」
Mさんは悪びれるふうもなく
「いいんだよ。アイツ、いっつも見え見えの嘘つくんだから」

だったら口で言えばいいじゃない。なんで、あんな事するの。
嘘をつかれる事と、食べ物を投げつける事は別物でしょ?
お母さん以外の人にも、投げつけたりするの?絶対しないよね。

ほどなくして、お母さんが、お弁当とからあげを買い戻ってきました。するとMさん。

Mさん 「やっぱりあったのか。じゃさっき、なんで無いって嘘ついたんだよ」
お母さん「あったけど、揚げるのに時間がかかるっていうから」
Mさん 「時間?そんなの、待ってりゃいいだけじゃねえか」
お母さん「お腹すいてると思って、早く帰ろうとして・・・」

聞いてる私はうんざり。
Mさんもういいじゃん、そんなの。せっかく買ってきてくれたんだから
「ありがとう」って言って、大人しく食べてればいいじゃない。

食欲なんて全然なかった。
でも二度も買いに走ってくれたお弁当。無理くり詰め込みました。
一方のMさんは意に介せず、お弁当を美味しそうにたいらげていた。

しかも食べた後は偉そうに「お茶!」。
食べ終わった容器を片付けようともしない。
ダメだ。この人の感性というか、神経が私には理解できない。

アンタ何様なの?自分の事くらい、自分でやりなさいよ。
この家の男性達は、女性をなんだと思ってるの。
妻は、母親は、家政婦だと思ってるの?
いや。家政婦の方が全然いい。少なくとも、給料をもらえるんだから。

この時、Mさんのお母さんの中に、将来の自分の姿が透けて見えた。
もしMさんと結婚したら。

今はまだ優しい顔しか見せないけど、絶対に豹変するに違いない。
お母さんは私だ。これは何年か後の私の姿だ。
想像して薄ら寒くなった。

私の中で、Mさんに対する感情が冷めていくのがわかった。
「この人は、生涯を共にすべき人ではないな」
と、心のなかで大きな大きな一線を引いた。

そして、この数カ月後。
私はMさんに別れを告げ、今のダンナと付き合う事となるのです。


過去のこと | 07:54:24 | トラックバック(0) | コメント(0)
こんな男は夫にしたくない
私もダンナも、出逢った当初は、お互い別に付き合ってる人がいました。
ダンナは職場で知り合った女性と。私は仕事先で知り合った男性と。

ダンナは付き合ってた女性と、結婚するつもりでいました。
「プロポーズしたんだ。向こうもOKしてくれたよ」
という報告をもらい、私は「結婚おめでとう。お幸せにね」と祝福した記憶があります。

対して、私はどうだったか。
正直、この彼氏(Mさんとします)とは結婚するつもりはありませんでした。
付き合うにはいいけど、結婚する相手じゃない。そう考えてました。

理由は色々ありますが、決定的だったのはMさんの母親へ対する態度。
これが一番の理由でした。

仕事がお休みの週末、私達はよくMさんの実家へ遊びに行きました。
Mさんの実家は、自営で建築関係の仕事を営んでいた。
お父さんは無口で亭主関白な感じの人。お母さんは朗らかな優しい人でした。
私にも気さくに話しかけてくれ、気も遣ってくれます。

付き合いだして、1年ほど経った頃の話です。
その日私とMさんは、Mさんの実家へアポなしで突然お邪魔しました。
丁度、お昼時でしたが突然の訪問です。私達の分の食事の用意はしていない。
そこでMさんはお母さんへ、ほか弁を買ってくるようお願いします。

「何にもないの?じゃいいよ。弁当買ってきて。からあげのおかずと、のり弁二つな」

ん?よろしくとか、お願いとか、悪いな、という言葉はないの?
ちょっと、やーな気分になりましたが、そこは黙ってました。
自分の親だから、甘えてこういう態度なのかな。とも思ったので。
で、30分ほど経って、お母さんがお弁当を買って戻ってきました。

「からあげ、なかったからアジフライ買ってきたよ」
と言い、私達へお弁当を渡してくれます。
すると。その言葉を聞いたMさん。驚く事に。

なんと、そのお弁当をお母さんへ投げつけたのです。
私、固まりました。何?何が起こったの?
勢いよく投げつけたので、中身は床に飛び散ってしまってます。ひどい(;_;)
そして、わざわざお使いをしてきてくれたお母さんへ怒鳴ります。

「てめえ、ふざけんなよ!からあげがないわけないんだよ。適当な事言いやがって!!」

どうやら、頼んだ物を買ってこなかったので怒ってるようです。
でもなんで、これくらいの事でここまで怒る?意味がわからない。

こんなの初めてです。私には、今までこんな態度を取ったことはない。
怒られた事や、怒鳴られた事など一度もありませんでした。
なので余計、戸惑ってしまった。知らなかったMさんの一面を見た気がした。

「Mさん、いいよ。おかずはちゃんとあるじゃない」
と私が言っても、ダメです。聞く耳持たず。
しかもお父さんはいたけど、横で見てるだけ。戒めることもない。

「おまえ、なんで嘘つくの?もう一回買いにいってこいよ」
命令口調です。しかも自分の親をおまえとかてめえ呼ばわり。
加えて、お父さんは見て見ぬふり。なんなの?この家族。

続きます。

過去のこと | 08:41:43
最終回が気になる漫画
今日は、私の趣味の話です。
聞きなれない単語が、随所に出てくるかもしれません。ご容赦下さい<(_ _)>

私はオタクです。
好きなものは廃人同様になるまで、とことんやり込みます。
趣味は漫画、小説、ゲーム、ネット。完全なインドア人間です。

特にゲームなど、一旦ハマったら寝食を忘れ打ち込みます(今はできませんが)
ネットのオンライン麻雀にもはまって、東風荘へよく出没していました。
現在は、携帯ゲームの「上海」にドはまりしてます。あ。でも課金は一切しませんよ。

漫画も、気に入ったものは全巻大人買いします。
ジャンルは恋愛ものより、アクションやホラー、ファンタジー系が好きです。
学生時代に購読してた雑誌は「花とゆめ」「プリンセス」「LaLa」
「スケバン刑事」や「ガラスの仮面」などを楽しみにしてました。

最近は雑誌の購読をしてないので、流行りの作家さんがわかりませんが、
それでも、電子書籍などでチマチマ楽しんでます。
そして。私が今気になるのは、昔から長年続いてる漫画の結末です。

「王家の紋章」と「ガラスの仮面」
これ、私が小学生の頃から連載されてる漫画です。単行本もウチにあります。
書いてる先生達は、もう御年70いくばかのはず。

失礼ながら最終回より先に、先生が天に召される可能性が高くなりつつある。
でも話を読むと、まだまだ終わる気配はない。
伏線だって、未回収のものがいくつもある。

最終回、読めるかなあ。未完の大作になったりしないよね。非常に気になります。
ちなみにこれらの昔の漫画、娘も読みます。
古い画風ですが、意外と抵抗なく面白がって読んでます。

特に娘の興味を引いたのが、王家に出てくる「ユクタス将軍」という登場人物。
「どうしてこの髪?なぜツインテール?しかも将軍なの?斬新すぎる」
褒めてるのかけなしてるのかわかりませんが、楽しんでる様子です。
ちなみにこんな感じ

ゆくたす

素敵ですね。将軍、というより落武者に見えなくもない。
そしてもうひとつ。
この話は主人公(金髪)キャロルと、兄(黒髪)のライアンが出て来ますが。
「ねえねえ。どうして妹は金髪でお兄さんは黒髪なの?実の兄妹じゃないの?」
確かに。遺伝子学的に、金髪と黒髪の兄妹はありえるのか?よくわかりません。

色々突っ込みどころ満載な漫画です。でも。
まあまあ娘さん。これはフィクションですから。夢の世界ですから。
女というのは、夢を食べて生きる方が幸せなのよ。
あまり細かい事は気にしない気にしない。

そんな私も娘も共通する、大好きな漫画家さんがいます。
川口まどか先生
特に好きな作品は、初期の「死と彼女とぼく」「やさしい悪魔」
ちょっと切なくて、でも笑いもあって娘などは「川口先生、神だわ」と絶賛。
しょっちゅう読み返すので、単行本がボロボロです。ちょっとだけご紹介。

コピー ~ IMG_20161103_133821


お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、私のハンドルネームも、
この川口先生のお名前から、少し拝借させていただいてます
それくらい、大好きな先生なのです(*^_^*)

日常のこと | 07:41:06

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