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やらない善とやる偽善
疑い深くなる  の続きです。

そんなある日の事。Yさんが、無断欠勤をします。

今までこんな事無かった。何度家へ電話しても出ない。
心配でこのおばちゃまが、Yさんの自宅へ駆けつけます。
すると、Yさんは高熱を出して寝込んでいた。電話に出る事もできないほど弱ってた。

おばちゃまはすぐタクシーを呼び、近くの病院へ連れて行きました。
診断結果は肺炎。風邪をこじらせたもよう。
この日は、入院して翌日自宅へ戻ることとなります。
動けないYさんに代わって、病院の支払や手続きまで全て、おばちゃまがやりました。

退院後も、かいがいしくお世話をしていました。
家まで行って、食事の用意をしたり、食材も買ってあげていたようです。
身体を拭いてあげたり、洗濯をしたり掃除したり。至れり尽くせり。

すごいな。いくら仕事仲間とはいえ、ここまで親切にできるものなんだ。
私なんて、自分の事だけで精一杯だよ。
他人の心配など、してる余裕がない。私って薄情な人間なのかなあ。

などと思っていたらとんでもない。
不自然なほどの親切な理由が、後日わかることとなります。

そう。このおばちゃまは、某宗教を熱心に信仰してるお方だったのです。
Yさんは退院後、めでたくその団体へ入会する運びとなりました。
職場に復帰後、Yさんとおばちゃまは今まで以上に親密になり、
集会などにも、一緒に出掛けるようになります。

おばちゃまがしたのは立派な人助け。
自分だって同じ事をしてもらったら、コロッといってしまうかも。でもなあ。
性格がひねくれてる私は、斜めからの視点でしか見る事ができない。

うまい所をうまいタイミングで突いてくるな。
こうやって、仲間を着実に増やしていくんだな。
私は少々釈然としない思い。
でもちょっと待てよ。よくよく考えると。

身寄りもなく、頼れる人がいない。これまで、一人ぼっちで生きてきたYさん。
どんな団体だろうと、頼れる人がいた方がいいには違いない。
例えそれが下心ありにしても、手を差し伸べてくれる人がいるのは心強い。

実際、困ってるYさんを助けたのは紛れもない事実。
口先だけ心配して、実行しない人間よりよっぽど頼りになる。

遠くの親より近くの他人って言うし(これはちょっと意味が違うか)
この件で私は、必ずしもこういうものが悪いものだけではない。
という事を学びました。

宗教に限らず、何かを信じて、夢中になる事によって、思いもよらない力が出ることがある。
自分が思ってる以上に、思考が人間に与えるパワーは大きい。
この事に関しては、私もすごいと思うことが多々ある。
私もいつ、そういうものにすがりたくなる日が来るかもしれない。
人間に絶対はないから。

でも。
やっぱり私はいい。今は生ぬるいけど、穏やかな生活を過ごせてる。
きっと、こういうのを幸せっていうのかなあ、と感じながら。


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過去のこと | 08:14:02
疑い深くなる
この1件は、 私は私の道を歩いて行く
かなり私のトラウマになりました。
実家で経験した「手かざしさん」なんか、全然可愛い。そう思ったほどです。

私が知らないだけで、世間にはこういう人達がいるんだ。
人間、意味もなく親切にする事はない。

そこには必ず、何かしら理由がある。
金銭や勧誘が目的だったり
単に、いい人に見られたい
不幸そうな人間を見て優越感に浸りたい
存在感を示したい

人間同士の営みには、単純な好き嫌いの感情以外にも色々ある。
そう思い知りました。

この経験以後、私は色んな意味で用心深くなります。
初対面なのに、やたら親切にしてくる人。
相手をよく知りもしないうちに、すぐに距離を縮めようとする人。

たとえ、仲良くなっても会話の端々に、不自然な気配を感知した時は。
何も言わず、さっと距離を置く。決して近寄らない。
無意識に、そんな癖がつきました。自己防衛本能です(笑)

それでも、この手のお誘いは何度か受けました。
よほど私の顔が不幸そうに見えるのか、騙しやすそうだったのか。

勧誘される経験を何度か持つと、なんとなくですがパターンが見えてくる。

熱心に活動するような人達は、真面目で優しい人が多い。
自分の懐を見せるふりをする。でも、最初から身分は明かさない。
場合によっては、先に恩を売っておく事もある。

私が23才位の頃の話です。
この時、私は新聞配達と同時に、空き時間で別なアルバイトをしてました。
そのバイト先は、私と同じ20代女性・50代女性2人・40代男性(オーナーさん)が在籍。
個人経営で少人数の、アットホームなバイト先でした。

そしてこの20代の女性(Yさん)ですが、少々訳ありな方でした。
両親はいない。きょうだいもいない。施設で育ったとのこと。
施設を出たあと、アパートを借り、貧しいながらも一人で細々と生活してる苦労人です。

ただ。失礼ながらYさんは、身体がかなりふくよかだった。
芸能人の渡辺直美さん並みの体格です。
自分でも、100㌔近くあると言ってました。

人を見た目で判断してはいけない。いけないけど。

それだけ食べれば、貧しくもなるよね。
もうちょっと、考えて生活すればいいのに。
これが私のYさんに対する、率直な感情でした。私はこういうヤツなんです。すいません。

私としては取り立てて、Yさんの身の上に同情する事も、応援する事もなかった。
性格や考え方も、私とは合わなかったので深くは関わらなかった。
淡々と「単なる職場の同僚」として、おつきあいしてました。

対して、50代女性のうち一人のおばちゃまは違った。
彼女の身の上にたいそう同情します。
ごはんやおかずをあげたり、遊びに連れてったり、ちょっとした物を買ってあげたり。

何かと、面倒を見てました。ちょっと不自然だな。
でも自分の娘のような感覚なのかな。私はそう思って見てました。

続きます。


過去のこと | 09:03:29
私は私の道を歩いて行く
本性が見えてきた の 続きです。

私のような、田舎育ちの小娘など簡単に懐柔できると思ってた。
でも、意外に強情だった。すると今度は、私の弱い部分を突いてきます。

都会で一人で生きていくのは大変よね。わかるわ。
大丈夫、ここには居場所がある。友達だってたくさんできるわよ。
よその新聞店で、あなたと同じように配達をしてる子も入会してくれたのよ。
どうしてあなたは入会してくれないの?

私も負けてはいられない。
仕事が忙しい、その気もない、お布施も出来ない貧乏人だ。とにかく断ります。
一生懸命、説得してきましたが、私に全くその気がないと判断したのか。
しまいには、一枚の用紙を持ってきてこう言い出します。

「じゃあね、これに名前だけ書いて。判子は持ってきた?ああ、ないのね。じゃ拇印でもいいわ」

ざわっとしました。怖い。怖いよ、この人達。
最初から、これが目的だったんだ。今までの言葉は、全部目くらましだ。
顔は笑ってるけど、目つきが尋常じゃない。冷や汗が出てきた。

「わけが分からない時は、その場で判断するな。名前を書いて判子を押すな、絶対に」

これは、私が東京へ出る時、父親から言われた言葉です。
この紙の内容はわからない。でも。とにかく、ここに名前を書くのは絶対にダメだ。
それだけはわかる。拇印なんてもってのほか。早く帰ろう。
そう思っても、周りを囲まれて身動きがとれない。万事休す。

「書くだけでいいのよ。書いたら帰っていいんだから」
「いえ。書きません」
「名前だけでいいの。何もないから」
「書きません」

書く書かないの押し問答。ここまで来たら根比べです。
この空気にのまれちゃいけない。何を言ってきても、出来ないで押し通すんだ。
必死に、自分で自分へ言い聞かせます。

最後は、私の手へボールペンを持たせようとまでしてきました。
私は思わず、反射的にそのボールペンを払いのけてしまいます。すると。
その瞬間、それまで、笑ってたおばちゃま達の顔が、すうっと真顔になった。

「そんなに嫌なの?それじゃしょうがないわね」
態度が一変して、冷たい口調。冷たい視線。私はもう、心臓がばくばくです。倒れそう。
早く早く。ここから出たいよ。視線だけで殺されそうだよ。

向こうもこれ以上の説得は、不毛だと思ったようです。
やっと諦めてくれました。取り囲んでいた、周りのおばちゃまもよけてくれた。
でもみんなの空気は、敵意に満ちていた。恐ろしかった。

頑張りました。でも途中、くじけそうにもなった。
「ここから出られるなら、名前だけでも書いてしまおうか」
何度となく、こう思ったことか(>_<)

そして最後。帰ろうとする私に、K奥様がこう言い捨てます。
「おたく様の新聞とは、今後おつきあいしませんから。もう二度とウチには来ないでね」
ああそうですか。結構でございますよ。

言われなくてもアンタの顔なんか、金輪際見たくもないですよ。
折角の休日だったのに、こんな無駄足かけさせて。時間を返してよ。
やりたいなら、自分だけで勝手に幸せごっごをやってりゃいいじゃん。

疲れきって、家へ帰りました。
帰る道すがら、昔、父親が言ってくれた言葉を噛みしめながら。

お父さん。お父さんの言った通りだったよ。
世間には、私のわからない事がいっぱいあるね。色んな人がいるね。
でもね。お父さんおかげで、世間知らずな私だったけど、変な事に巻き込まれずに済んだと思う。

本当に本当にありがとう。

過去のこと | 10:08:04
本性が見えてきた
田舎者をこうやって攻略する の続きです。

K奥様に連れられ行ったのは、とあるマンションの一室。
受付を済ませて、中へ入ると年配の男性や女性が20人ほどいました。
部屋は20畳ほどの広さ。正面には大きなスクリーンがセットされてます。

あれ?若い人が全然いないな。話が違うぞ。
そのまま座って待ってると、スクリーンに映像が映し出されます。
いきなり「嗚呼、素晴らしい○○○様(教祖様の名前)」からビデオが始まります。
この時点で「なんか、おかしい」と思ったけど、K奥様の手前帰ることはできない。

上映された内容は・・・まあ、その宗教の教祖様は素敵だ。というものだったようです。
ビデオの上映は30分ほど。興味のない私は、退屈で途中うたた寝てしまった(^_^;)
映像が終わり、私はやれやれやっと帰れるかな、と思いましたが。

甘かった。ここからが、本番でした。

終わると同時に、K奥様を含む3人のおばちゃまに囲まれます。
私は内心「やばい。やっちまった」と後悔しましたが、後の祭り。
「はじめまして。よろしくね。ビデオはどうだった?」
ニコニコ笑顔のおばちゃま達に、ビデオの感想を聞かれます。

どうもこうも。寝てたから、感想なんてわからない。
「私には、ちょっと難しかったです」

正直に言いました。するとおばちゃま、すかさず
「そうよね。まだあなたは若いからね。わからないのはしょうがないわね」
そして、子供をあやすように、いきなり人生論を語り始めます。

「人間っていうのはね。本当の幸せをわかってないのよ。
ほとんどの人が、真実の幸福を知らないまま、死んでしまうの。
これはね、とても残念なことなのよ」

いきなりなんだ。何なんだ。私、わけわかめ。そしておかしな質問をされます。
「ところであなたは、今、幸せ?」
「はあ。普通に幸せですが」

他に言いようがないので、そう答えます。
するといきなり機関銃のように、私の言葉を全否定してきます。

「違うのよ。それはね、本当の幸せじゃないの!本当の幸せっていうのはね、○☆■△×・・・」

あとは、割愛させていただきます<(_ _)>
どうでもいい話だったので、今となっては私もよく覚えてません(笑)

でも私が思うに。おそらく「幸せじゃない。不満だらけだ」と言えば
「そうなのね!でも、ウチの宗教を信仰すれば、幸せになれるのよ」
とでも言われてたような気がします。
どう答えても、お説教はされる運命だったのです。

このおばちゃまのありがたいお説教は、小1時間ほど続きました。
とにかく長い。そして同じ話のループ。私は途中で下を向いてしまった。
興味のない話を聞かされるほど、苦痛なものはない。
いつまで続くのかなあ。私、眠たいんだよね。早く家に帰りたいよ。

あなたは幸せですか
その幸せは本物ですか
人間にとっての幸せとはなんですか
人間はなんの為に、生きてると思いますか

禅問答のようです。
こんなの答えなんかあって無いようなものなのに。
それなのに。この人達は何故、こんなに自信を持って言い切れるんだろう。
最後の方は、嫌悪感でいっぱいになってきます。

続きます。

過去のこと | 08:16:14
田舎者をこうやって攻略する
迷惑な善意の第三者 でも、ご紹介しましたが、
これ以外にも、熱心に勧めらた経験は、何度となくとあります。

一番うっとおしかったのは、私が東京へ上京して1年目に勧誘された某新興宗教。
とにかく、しつこくてしつこくて参りました。
専門学校を中退し、新聞配達の仕事に専念した頃の話です。

当時の私は、新聞配達と集金以外に、勧誘(営業活動)も行ってました。
大抵のお宅は、決まった新聞を替えることなく購読してます。

でもたまに3ヶ月や半年周期で、購読新聞を替えるご家庭があります。
(読売新聞を3ヶ月間取ってから、次の3ヶ月間は朝日新聞へというような感じです)

ほとんどの人が景品目的で新聞を替えてるので、ビール券や洗剤を持ってくと
「いいよ。じゃあ、来年の4月から3ヶ月間、とってあげるよ」
と、喜んで契約してくれます。

そんなある日のこと。
私は、契約が切れそうになる、あるお宅(Kさん)へ、洗剤を持って営業へ行きます。
Kさん宅は、ちょっとお洒落な一戸建て。奥様はとても親切な方でした。

集金にいくといつも「若いお嬢さんなのに、新聞配達なんてえらいわね」
と言って、お菓子をくれたり、暑い日は飲み物までご馳走してくれてました。
優しいK奥様の事。頼めば契約してくれるだろうと思い、家のチャイムを鳴らします。

K奥様はにこやかに玄関先へ来てくれました。
「○○新聞です。今月で契約が切れます。先でかまいませんので、また購読をお願いします」
私がそう言うと、K奥様は

「そうね。おたくとは今月いっぱいだったわね。でもウチも、1年先まで決まってるのよね」
とのお返事。そうか。それはちょっと無理か。残念だな。そう思い帰ろうとしたら

「待って。今度の日曜日にね、この近くで勉強会を兼ねた集まりがあるの。
あなたもちょっと来てみない?紹介してあげるわ。
もしかすると、購読する人がいるかもしれないわよ。」

とおっしゃる。とても漠然としたお誘い。何だろう?返事をためらっていると

「あなたのように、田舎から出て頑張ってる、若い人達もたくさん来てる集会なの。
 困った時に、助けあう事ができるお友達ができるわよ。一度どうかしら?」

「結構です」

今の私だったら、即答でこう言った。
でもこの時の私は、上京したてで、右も左もわからない。
身近に頼りになる身内も友達もいない。

私と同じような境遇の人がいる。話があう友達ができるかもしれない。
この言葉が、私の胸に響きました。環境が変わって、冷静な判断力も欠けていた。
こういう集まりで、交友関係を広げるのもありかな。などと考えた。

K奥様は、どんな集会なのか詳細は教えてくれませんでした。
誘っておいて、内容を教えてくれない。どう考えても不自然です。

でも。私みたいな、見ず知らずの田舎娘に、今まで親切にしてくれたK奥様。
そんな奥様の紹介なんだから、きっと変なものではないだろう。
私は勝手に、講演会やカルチャースクールのようなものを想像します。
違和感を感じつつも、自分に都合のいい解釈をしたのです。

少々変だなと思いつつも
「わかりました。その集会はどこでやってるんですか?行ってみます」
と、田舎娘が馬鹿丸出しで、行く約束をしてしまいます。

「じゃあ、今度の日曜13時に、私の家まで来て頂戴。一緒に行きましょう」
K奥様は嬉しそうに言います。
そして日曜日。K奥様と私は、この怪しげな集会へノコノコと出掛けるのです。

激しく後悔する事になるとは知らずに。

続きます。

過去のこと | 08:44:05
迷惑な善意の第三者
信じる者だけ救われる  の続きです。

断り切れず「魂の救済」をやらなければいけなくなった父と母。
どんな事をするかいうと、Hさんの目の前に弟を座らせる。
弟へ手かざしして、1時間ほどじっとしてる。これだけ。

そこまでなら「じゃー勝手にやっててよ」で済むのですが、そうはならない。
この「手かざし」をしてる間は、家族全員がその場に集まり、精神を集中させる。
話をしてはいけない、テレビもラジオもつけてはいけない。ときた。

「家族全員が心を合わせ念を送ると、悪霊を祓い、ご先祖様の魂を救済できます」

残念ながら、親も私も霊感など全く無い。念も悪霊も見えやしない。
一家全員、弟とHさんを囲み、無言でひたすら座ってる。1時間近くも。
事情を知らない人が見たら
いや、知ってても相当不気味な光景だったに違いない。

Hさんが来るのは、毎日決まって夜8時から9時の間。土日も関係ない。
次第に私はイライラしてくる。他にやりたい事はたくさんある。
テレビも見たい。お風呂も入りたい。本も読みたい。でもなんにもできない。

Hさんに悪気はない。雨の日も風の日も、健気なくらい通い詰めてくれる。
恩着せがましい事は言わなかった。
祈祷料だと言って金銭の要求をしてくる事もなかった。

当時の実家は借金だ、弟の障害だと色々トラブル続きだった。家の雰囲気も暗かった。
Hさんはきっと、こんな不幸な私達を救ってあげたい、と思ったのかもしれない。
なんてご立派なんだろう。とても素晴らしい心がけ。

でも私にとっては大迷惑だった。
「ほっといて下さい。ウチに来ないでくれ」
何度言いそうになったことか。

最終的には、私の堪忍袋がいよいよ持たなくなり、親に訴えます。

「いい加減にしてくれる?弟の障害が無くなる前に、
私の頭がおかしくなりそうなんだけど今度来たら、ケンカしていい?」

ここまで言って、ウチの親はやっと重い腰を上げ、きっぱりお断りします。
(やる気がないなら、最初に断る方が親切だと思うんだけどね)

Hさんは1ヶ月間ほど毎日毎日、私の実家へ通ってきました。
でも、この「手かざし」で、弟の障害が良くなる、消える事などなかった。。
当然です。そんなので、悪いものが全部無くなるなら、医者も警察もいらない。

生きてる以上、いい事も悪い事もあるのは仕方がない。違うかな。

世の中には、理不尽なことがあっても、砂を噛むような思いをしても
それでも、歯を食いしばって生きてる人が、たくさんいる。
ウチの親だってそうだ。祈っただけで幸運が転がり込む、なんて考えてない。

ねえ、Hさん。知ってる?
私のお父さんとお母さんは、毎日朝4時には起きて畑仕事してるんだよ。
夜だって、このお祈りしてる時間にはもう寝てなくちゃいけないんだよ。
あなたが帰ったあとは、倒れ込むように布団へ入ってるんだよ。

必死なんだよ。一日一日が。
生きるだけで、精いっぱいなんだよ。
なんで、いい年した大人が、そんな事もわからないの?

Hさんは、今でもその宗教を熱心に信仰しています。
でも田舎なので、周囲の人はHさんを腫れものに触るような扱いとのこと。
熱心に勧めすぎて、煙たがられ、距離を置かれてしまったようです。

この出来事以降、ウチの実家の玄関には
「当家は、○○宗の門徒です。他の宗教の勧誘はお断りいたします」
というステッカーが、でかでかと貼られるようになりました。見るたび笑っちゃうわー


実家のこと | 08:50:38
信じる者だけ救われる
「日本人ってさ、無宗教でしょ?これって、外国の人から見たらありえないんだよね?」

ある日突然、娘がこう聞いてきました。
やぶからぼうになんだ?周りに、熱心に信仰してる人でも出現したのか?
と思ったら、違った。社会科の授業でそのような話になったらしい。

正確には、無宗教ではない。大抵の家はみな、つきあいのあるお寺さんがあるはず。
昔と違い、今は檀家に入らずお墓だけ建てる、という人も多くなってきたらしい。
それでも、ウチもダンナの実家も、宗派は違うけど檀家には入っている。

入ってるとはいっても、大したことはしていない。
月命日や法要に坊さんが来て、お経をとなえる。
あとはお墓参りに行く程度で、平素はほとんどつきあいなどしてない。

正月は神社へ参拝して、
盆にはお寺へ墓参り、
クリスマスはケーキでお祝いする。
ごくごく一般的な日本人の、お寺さんとのつきあいや宗教観と同じ。

私を含む大多数の人の意識は、無宗教のようなものだ、と思ってます。
檀家制度も、宗教活動の一種なのだろうけど、私の感覚では「文化」に近いです。
実際、ウチの実家の宗派を聞かれても

「あれ?浄土だっけ?浄土真宗だっけ?」といったていたらくなのです。

日本という国は憲法で、信仰や思想の自由を保障してる。
だから、誰がどんな宗教を信仰しようと、それは個人の自由だと思ってます。
ただし。「他人に迷惑をかけなければ」の話ですが。

今の私の交際範囲で、熱心な宗教活動をしてる人は見かけません。
隠してるだけかもしれません。一定の割合でそういう人達は存在するから。
それでも、過去にはいました。会社や実家のご近所さんで、熱心に信仰してる方々が。

私が高校生の時の話です。
ある日突然、ご近所のおばさん(Hさん)が私の実家へ来て、

「お宅のお子さんの病気の原因がわかりました!ご先祖様の魂を救済すると治ります!」

と叫びだすや、おいおい泣き出し始めたのです。

私の弟は、やや重度の知的障害者です。障害なので、治ることはない。
でも、Hさんが信仰してる宗教のちからで、この障害が消え去る。
どうやらそう言いたいらしい。

失礼ながら、私はその時
「なに、この人。いきなりやって来て、突然何を言い出すの。」
と思いました。ウチの親も相当面喰らってました。

飛び込みで勧誘に来た人なら、追い返すところです。
でもHさんは、ご近所さんです。ぞんざいに扱うわけにもいきません。

やんわりと断りましたが、相手も簡単には引き下がらない。
自分が信仰してるものがいかに素晴らしいものか、ためになるものか、
長々と説明し、最終的には、「魂を救済」とやらをするハメに。

こういう人達を目の当たりにすると、いつも思います。
正義感や善意に燃える人間の扱いって、本当に難しい。そして面倒くさい。
少なくとも、Hさんは心から、その宗教に陶酔しきっていた。
まるで、恋する乙女のような勢いそのもの。迫力があった。

これがお金や騙そうといった下心があって、ウチへ来たならば論破のしようもある。
いっそ、悪人の方が気が楽かもしれない。容赦なく応酬できるから。
でも、善意や親切心で訴えてくるので、対応が少々やっかいでした。

続きます。

実家のこと | 08:32:47
糖質制限ダイエットは無理
我が家の晩御飯のメニューで麺類が主食になる事はありません。

何故なら、どんな麺類でもご飯が必須だから。
そば・うどん・そうめん・パスタ・ラーメン・やきそばetc.・・・
麺の種類問わず、米はセットしなければいけません。

ダンナ 「今日のごはん、なにー?」
私  「鍋焼きうどんだよ」
ダンナ 「それだけ?」
私   「おいなりさんもある。あと茄子焼いた」なんか文句ある?
ダンナ 「ふーん。おやつあるんだよね」そんなんじゃ足りねーよ

そばorうどん+おむすびorおいなりさん
ラーメン+チャーハン
パスタ+オムライス

見事なまでの炭水化物の重ね食べです。
最近流行りの糖質制限ダイエット。これはウチのダンナには絶対無理ゲー。
本人に聞いてみても
「なにそれ。なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだ」ああそうですか

で。どうやら見てると、麺類はダンナにとっておかず代わり。
ラーメンをおかずにチャーハン食べる
そばをおかずにおにぎり食べる
ダンナにとって、主食とは米以外ありえないものなのです。

そして、カレーはダンナに言わせると「飲み物」だそうで。
カレー単品は許されません。カツやコロッケなどの揚げ物必須です。
アメリカ人みたい。そのうち、ポテトは野菜だと言い出すんじゃないの。

大体のご家庭は、麺だけでことが済むらしいので、ウチの事情を話すと驚きます。
「まどりん家はエンゲル係数高そうだよねー」
とも言われます。確かに。ウチの食費はバカ高い。

なので思います。ダンナにとって、最大のダイエットは

給料が安くなる

ことではないかと。先立つものが無ければ、食べることができない。

と思ったけど、無理かも。実はダンナは食品会社に勤めてます。
どうやら食味といいつつ、つまみ食いをたくさんしてるもよう。いつだったか、
「今日はつまみ食いしなかったから、お腹すいたー。すきすぎてゲロ吐きそうだ」なぬ?!
と言って帰ってきたことがあります。

どうりで。
家でも、食べるは食べるけど、96㌔になるほどの量ではないと以前から思ってた。
コイツ、見えない所で絶対、なんか食べてるに違いない、と考えてたら案の定です。

私 「食味(味見)を他の人に、やってもらえないの?」
ダンナ「食味は俺だけじゃなくて、現場の社員全員でやらなくちゃいけないんだ」

お客さんへ提供する食品の、安全・衛生上、仕方のないことなのか。それにしたって。

私 「でもさ。全員が全員、アナタみたいに太ってるわけじゃないでしょ?」
ダンナ「そうだな。みんな、お昼御飯食べてない。俺だけだ。きっちり弁当食ってるの」
私 「じゃ、お弁当食べなかったら、少しは痩せるんじゃない」

私の提案に、ダンナは無言。
どうやら弁当を食べない、という選択肢はダンナの中にはないらしい。
ただ、どう見積もってもカロリーオーバー。家で晩御飯食べなくたっていい位だ。

社長さん。お願いです。ダンナをつまみ食いのできない部署へ配置転換してください。


ダンナのこと | 08:00:26
16才でスタバデビュー
「スタバに行った事ない。って言ったら、友達に驚かれちゃった」

娘が唐突に言いだしました。
スタバ?私だって、46年生きてきたけど、行ったのは数えるほど。
それだって時間潰しに入った程度で、わざわざ行こう!と思ったこともない。

よくよく考えてみたら、今まで娘を連れて入る事もなかった。
そして娘もこれまで、友達と遊ぶ時は、大体マックやファミレスを利用している。
私は逆に、行った事がないのを驚かれる方が、不思議でしょうがない。

いまどきの子は、友達とスタバでお喋りするのが、日常なの?
それとも、親が連れていってあげてるのか。

私 「なんで?行く用事がないじゃん。だいいち、アンタはコーヒーとか飲まないよね?」

娘はコーヒーも紅茶も飲みません。美味しいと思わないそうです。
家ではお茶。外出先ではメロンソーダ。これが定番。
必然的に、娘を連れてスタバやカフェへ行く事がなくなる。

娘 「そうなんだけどね。でも、みんなちょくちょく行ってるみたいなんだ」
へー。スタバって、そこそこ値段するよね。みんな、そんなに小遣いもらってるんだ。
そんなやりとりをして、忘れかけた頃です。

先週の日曜日。部活で学校へ行ったはずの娘から、こんなLINEが届きます。

Screenshot_2016-10-21-09-36-48.png

今月、娘は16才の誕生日を迎えました。
お友達は、スタバへ行ったことのない娘の為に、部活が終わった後
誕生日のお祝いを兼ねて、連れて行ってくれたのです。親切だなあ。

帰ってきた娘に、感想を聞いてみました。
私 「どうだった?生まれて初めてのスタバは」
娘 「うん。とてもよかったよ」
私 「注文の仕方とかわかったの?」
娘 「わかんないから、頼んでもらった。横で待ってた」
私 「何頼んだの」
娘 「サンドイッチと、キャラメルなんとか」

きっと目が泳いだに違いない。あそこは飲み物の種類がやたら多い。
初めてスタバに行ったら、まず注文する時に戸惑ってしまう。
私も滅多に行かないので、たまに行くと「はて。どうやって頼むんだっけ」となる。

娘 「スタバって高いんだね。食べ物頼んだら、あっという間に千円とか、かかったよ」
その通り。飲料だけでも、4~500円。サンドイッチだってそこそこの値段がする。
娘の月の小遣いは3,000円。こんなとこに毎週来てたら、たちまち無くなってしまう。

娘「ああいうところも、たまにはいいよね。
でも私には、ガストでオムライスを食べる方が、似合ってるかな」

自分には、まだ早いということか。確かに。娘は色気より食い気。
雰囲気を楽しむよりは、がっつりご飯を食べられる場所が好き。

マックだったら、500円でバリューセットを食べられる。
ファミレスだったら、1,000円でお腹一杯頼める。
きっと「スタバはコスパ悪い」と感じたんだろう。

コンビニのコーヒーでも、全く支障がない。
そんな私の娘らしい、初めてのスタバの感想でした。




ムスメのこと | 10:03:55
見送りは笑顔で
前回の続きです。
非常に長々しくなりましたが、これで最後です。

罰ゲームのような食事を終え、やっと自宅へ戻りました。
ダンナは、風呂にも入らずそのまま寝室へ籠ります。よかった。今日はもう出てくるな。
私達4人は風呂へ入り、少しお喋りをした後、床へ入ります。

1時間後、寝室へ行くと大きないびきが。やっぱり相当疲れてたんだ。
ダンナは、かんしゃく玉なので、怒っても一晩寝たらケロッと忘れる。
後にひかないのはいいけど、付き合う私達は疲れる。本当に。

私もすぐ眠りに落ちます。
明日は早起きして朝食の準備をしなくちゃ。
翌朝6時起床。私が起きると同時に、ダンナも起きてきました。

ご機嫌はどうかな?
うん。顔色が大分戻った。
会話も普通。昨日はやっぱり疲れてたんだな。

朝食の支度は、ダンナも手伝ってくれました。
卵焼いたり。サラダ作ったり。ごはんよそったり。
こういう所は、本当にマメな人です。

朝食を終えダンナと義父母は、庭に出てお喋り。
昨日の事が嘘のような、穏やかさ。

義父母の北海道滞在は今日が最終日。東京行きの便はお昼過ぎ。
空港まではダンナが車で送ります。
お土産を買うので、早目に空港へ行くことに。

到着後は、あそこにもここにもと言いながら、お土産を買う義父母。
搭乗手続きの時間が迫ってきたので、手荷物検査の受付へ並びます。
私達はここから先へは進めません。

見送るため、ゲートの前で待つことに。
この日は連休最終日。とても混雑してて、義父母達の姿を見失いそう。

けれどダンナは、義父母がゲートを通り抜けるまで、姿を見届けます。しっかりと。
最後は大きく大きく手を振り、笑顔でさよなら。

「じゃあな。あんまり無理すんなよ。元気でな」

義父母二人は、仲良く手を振りながら、搭乗口へ向かいました。
この日ために、いつもだったら絶対休めない月曜日に会社を休んだダンナ。
気まずくもなったけど、やっぱり親子。最後は名残惜しそうだった。

そして帰りの車でダンナが一言。

「ほんと俺、怒ったらイヤになる位、おやじにそっくりだ」

義母の話だと、若い頃の義父とダンナの怒り方は、似てるらしい。やっぱりね。
親子って、似なくていいとこ似るって、よく言うしね。

別にいいんじゃない。それくらい似てても。
ただ私から見てアナタの性格は、お義母さんに似てると思うけどね。几帳面なとことか
でも言わない。今はね。

何年かあとに、笑い話にしつつ、文句を言ってやる。
「あの時さあ、なんであんなにプリプリ怒ったの?ほんと大変だったんだから」
ってね。

胃の痛むような思いもしたけれど、過ぎてしまえばこれもまたいい思い出。
色んな意味で、忘れることのできない温泉旅行になりました。

出来事 | 09:35:36
なぜそこまで不機嫌になる?
ハラハラな女3人と意に介さぬ義父  からの続きです。

私達は気まずい空気の中、黙々と食べ続けました。
カルビも上タンもロースも、味なんか感じない。ゴムを食べてるようだった(+_+)
さすがに義父も、まずいと思ったのか、陽気にダンナの弟の事を話し始めます。

ダンナには、3才年下の弟がいます。
5年程前に長年勤めた会社を退職し、奥さんと二人で商売を始めました。
現在商売は、お客さんにも恵まれ、順調にいってる。
4才になる一人息子も元気とのこと。保育園生活も楽しく過ごせている。

義弟の仕事は客商売なので、土日祝日にお休みができません。
ですから保育園がお休みの日曜祝日、義父母は、孫の面倒を見てるそうです。
平日も義弟夫婦の仕事が遅くなる時は、義父母が保育園まで、お迎えに行ってるそう。

義父 「迎えに行ったら、お母さんより先に、俺の所に来てくれるんだよ」
と嬉しそうに報告してくれます。よかったねお義父さん。
ウチの娘は北海道だから、たまにしか会えないし、面倒も見られなかったからね。

そして、もう一つ。
もし今回のこの企画がなかったら。
義弟はこの11月に、義母を連れて北海道へ遊びにくるつもりだったとの事。

義母だけ?義父はお留守番?そう思っていたら義父が言います。

「あいつら(義弟夫婦)さあ、ひどいんだよ。食事とかお出掛けとか、
 お母さんは誘うくせに、俺には声かけてくれないんだよな」

そうなのか。義弟夫婦が、声をかけない事情はわからない。
でも、さすがにそれはちょっと気の毒だな。片方を誘わないなら、伏せておかないとね
と思ったらダンナが、つぶやくように。でも冷たく言い放ちます。

「だろうな。あいつらの気持ちはわかるよ。俺だってそうなる」

義父、黙ってしまった。顔も少しひきつり気味。
無理だ。無理無理。フォローのしようがない。
下手な事言ったら、藪をつついて蛇を出しかねない。

私と義母は壁を見つめ、娘は下を向いたまま黙りこくる。
まるで、通夜のよう。針のムシロです。雰囲気の悪いこと、この上ない。
この時の私の気持ちは、ただただ

帰りたい もう帰りたい 帰りたい帰りたいよー

なんだかなあ。
ダンナのこの態度って、本質的には義父のやってる事と一緒だよね。
気にいらないんだったら、二人きりの時、義父だけに言えばいい話でしょ。
私達を巻き込まないでよ。こっちまで気分悪くなる

女同士でお出かけして、こんな険悪な空気になる事はないんだよ。
これだから男はイヤなんだよ。ちょっとした事ですぐムクれてさ。子供みたい。ばかやろー
それとも、ウチの男達だけの話で、他所のダンナさんは違うのかな?

心の中で、この男ども2人に悪態をつきまくります。

出来事 | 08:07:03
ハラハラな女3人
性格が出る食事の取り方 の続きです。

この旅行中、ずっと運転してたダンナ。トータルで5~600キロの移動。
最近は老眼も進み、長時間の運転がつらくなってきたとも言っていた。
とても疲れてるに違いない。

私の親を送り届けてからは、ずっと無言でハンドルを握っていた。
無事家へ到着したのは、夜6時過ぎ。夕食は何ししようか。
作ってもいいけど遅くなる。そこで、外へ食べに行く事に。

「宿代も旅費も、全部出してもらってるから、最後だけでもごちさうさせて」

義母からの、ありがたいお申し出。でも行き先がなかなか決まらない。
すると義父がこう提案します。
「じゃあ、最初に行った居酒屋でいいよ」

ところが。
この一言がダンナを怒らせる事に。

「やだよ。俺が気に入ってて、よく行く店なんだよ。店長さんとも顔なじみで、
よくしてもらってるんだ。おやじみたいに文句ばかり言う人間は、もう連れて行かない」

一瞬で場が凍りつきます。

ああ。やっぱりヘソ曲げてたか(-_-)
初日は旅行前だし、旅行中もウチの親がいたから、黙ってただけなんだ。
ずっと気を張って運転した疲れもあって、イライラしてる。

そこで。少しでもご機嫌がよくなるよう、ダンナが好きな焼肉に決めました。
でも、間の悪いことに、この日は3連休真ん中の日曜日。
お店はとても混んでいた。1時間近く待って、やっと席へ案内されます。
早く食べて早く寝たいダンナ。この時点でもう、結構ご機嫌ななめです(^_^;

とりあえず、ファミリーセット4~5人前を頼み、あとは単品で好きな品物を注文。
義父は焼酎の水割りを頼みますホント、よく飲むなあ 
注文した肉もどんどん出て来ます。

「焼くのはお父さんに任せて。こういうの得意だから」
と、義父が気を遣って焼いてくれました。

そして。事件(?)は起こります。
それまで、肉を焼く義父を黙って見ていたダンナ。おもむろに口を開きます。

「5人いるんだよ。なのに、どうして肉を4枚ずつしか焼かないの?」え?あらホントだ

「ほんっと、おかしいよな。もういいよ。俺が焼くから、おやじは食ってろよ」
かなり、とげとげしい言い方で肉を焼き始めます。

義父に悪気はない。人数なんて気にしないで、焼いたに違いない。
本人、気遣ったつもりが、逆に怒らせる結果になる。上手くいかないもんです。
ダメだ。ここまでこじらせてしまうと、浮上させるのは難しい。

私と娘と義母の女3人は、密かにアイコンタクト。
こういう時は、さっさと食べてさっさと帰るに限る。長居は無用。
長年のつきあいで、私も娘も義母もそれはわかってます。

ご飯物を頼むと、時間がかかるので3人ともやめました。ビビンバ食べたかったな
早くこの険悪な空気から解放されたい。なのに。
義父はおかまいなしに、自分が好きなものを頼みます。

「お父さん、これ頼む。自家製窯の1合炊きご飯」

ライスではだめですかお義父さん。
それ、注文してから炊くので、とても時間がかかるんです。

内心そう思いながら、注文しました。すると案の定、店員さんから
「こちら炊きあがるまで、お時間30分ほどかかりますがよろしいですか?」
義父は「かまわない。待つ」との事。まじですか。

この空気をあと、30分以上も我慢しなくちゃいけないのか。勘弁してくれよ。
私も心の中で、大きなため息。

続きます。

出来事 | 08:38:33
性格が出る食事の取り方
前回の続きです。

とりあえず初日の食事会は、何事もなく無事終了。まあ、色々気を遣いましたので。

2日目は私の親と合流し、温泉へ旅立ちます。
ウチの車に、全員を乗せ登別まで。道中の運転は、ずっとダンナです。
宿へ着く前に、昭和新山へ行ってロープウェイ乗ったり

IMG_3336.jpg

洞爺湖へも行きました。
遊覧船にも乗りたかったけど、時間がなかったのでここは見るだけ。

IMG_3407.jpg

かなり強行なスケジュールでしたが、夕方5時には宿へ着きました。
夜の食事を待ちます。
私達が宿泊した宿は、基本部屋食ですが、今回は食事処を借りました。
総勢7人での晩餐が始まります。
が。ここで、義父から料理に物言いがつきます。

「ここの料理、煮物とか味付け甘いね」
確かに。でもここだけはない。北海道の料理は、甘い味付けが多い。
煮物や麺類、ちょっとした料理も、甘口で濃口が基本。風土の違いってやつかな。
義父は前日の居酒屋でも、同じ事を言っていた。

この時は、イカの姿焼きを頼み、一口食べて
「甘いタレがかかってる。なんで?お父さん、普通に焼いたやつがいいんだよ」
そう言うと、お皿を私達の前へ押しのけた。俺はいらないから私達に食えという事か?
お行儀悪いな、と思いつつ、残りは私達で食べました。勿体ないので。

義父は、子供みたいな所があります。
味付けが合わない、お腹がいっぱいになると、絶対に口にしない。
たとえそれが、出先でも、義母や私が作ったものでも、気に入らないと残す。

ウチはダンナも娘も、お米は最後の一粒まで、おかずも綺麗に食べます。
多くても、美味しくなくても、出された食事を残す事は、まずない。

出された料理は黙って食べる。美味しくなかったとしても最後まで。
・・・・と言われて、私は育ってきました、ダンナもそういう考え。
でも、義父はどうやら違うよう。

食事を始めて少し経った頃。
旅館の女将さんが、わざわざ挨拶へ来てくれました。
威厳、気品のある、エレガントな70代位の女将さん。

いいな。私も、年を取ったらああいうおばあちゃんになりたいな。
そう思わせる風格のある方でした。後日、娘も絶賛。
「すごいぴしっとしてたよね。なんか、オーラが違った。かっこいい

そしてこの日は。娘がなんと、人生初のお酌周りをすることに。
ぎこちないお酌でしたが (* ´ ・・ ` *) 、じいちゃん達は嬉しそうです。
その後は、親同士で色々と話も盛り上がり最後は、娘からジジババへのプレゼントで終了。

宿はとてもよかった。部屋・料理・従業員さんのおもてなし。
温泉など、人が少なく貸し切り状態。ゆっくりでき、全てが心地よかった。
ダンナなど「今度は俺達だけで来たいな」と言ったほどです。

翌日、チェックアウトして温泉を後に。
途中、私の親を送り届け、私の実家で少しお話して、帰路へ着く事となります。

出来事 | 09:16:09
晩餐にて
4年ぶりの再会  からの続きです。

かなり酔っ払ってきた義父。
ウーロンハイは薄いからと、今度は焼酎のロックを頼みます。・・・が。
来たお酒のグラスを見て、小馬鹿にしたように、笑いながら言います。
「随分、少ないなあ(グラスの3分の1位)。なんだこれ。東京だったら、半分は入ってるよ」

さすがに義母が、まずいと思い義父をたしなめに入りました。
義母 「ロックなんだから、その位が普通でしょ。家で飲むのとは、違うのよ」
義父 「そんな事ないよ。東京のお店はもっと、入ってる」
義母 「足りなかったら、また頼めばいいんだから、別にいいじゃないの」
義父 「でもこれはないよ。少なすぎる」

いくら酔っ払てるとはいえ、さすがに私も軽くイラッとします。
気に入らなかったら、黙って他のお酒頼めばいいじゃん。
なんで、わざわざ空気が悪くなるような事言うのか。

場の雰囲気が白けそうになるので、別な話題へ切り替えます。
無難なのは娘の話。報告も兼ねて、高校生活や大学受験の話をする事に。
競争率は厳しいけれど、将来は学校の先生になりたい。

その為に今、娘は地元の国立大を目指してる。
でもそう簡単に入れる大学じゃない。
そんな話をしていたら、義父が娘へ質問します。

義父「地元じゃなきゃダメなのかい?東京の大学は考えてないの?」
娘 「うん。自宅以外通うと、お金かかっちゃうし。できれば札幌がいい」
義父「東京がいいよ。国立大っていっても、所詮地方だよ。東京の方が、就職しやすいし、
    学校へはじいちゃんの家から通えばいいんだし。東京にすれば?」
娘 「うーん・・・・」

ああ。義父は、私達に東京へ戻ってきてほしいんだな、と私は気が付きました。
だからなにかにつけ、東京の方がいい、と執拗に言うんだ。
気持ちはわかる。でも、こういう言い方は、逆に反感を買うだけなのに。

義父「あとね、これからは資格を取りなさい。資格があれば仕事には困らないよ。
    専門学校なんか、いいんじゃない?いくら、いい大学出ても、使い物にならない人間は、
    じいちゃんの周りにもたくさんいる。専門学校がいいよ」

確かに、義父の言う事も一理あります。
でも、一理であって全てじゃない。
娘は、自分の夢を否定形で返されてしまい、黙りこんでしまった。
娘がなりたい職業は、大学へ行かないと、資格取得ができない。
その辺をわかって言ってるのかな。

ダンナもこの場では黙ってましたが、おそらく、かなり気分を害したようです。

続きます。

出来事 | 09:25:29
4年ぶりの再会
この連休は、ダンナの親を北海道へ呼び寄せ、
私とダンナ双方の親と温泉旅行へ行きました。

私達家族と私の親はしょっちゅう顔を会わせます。
でも、ダンナの親とはここ4年ほど会ってません。
この旅行の発案自体は私ですが、細かい段取りは全てダンナがやりました。

ダンナは久しぶりに会う親の為に、どこへ行こう、何を見よう、色々計画を立て準備。
この旅行の為に、9月は休みを返上して、支障が出ないよう仕事も片付けてきました。
普段はそっけないけど、やっぱり親と会えるのは嬉しいんだね。楽しんでもらえるといいな。

そして旅行前日、ダンナの親が北海道へ到着。私達は空港まで出迎え。
4年ぶりの再会です。以前とそれほど変わってない印象。少し痩せたかな?

義父達が、北海道へ滞在するのは、3泊で4日間。うち温泉旅館へ1泊。
それ以外は、ウチで過ごすこととなります。
食事、着替え、布団や寝る場所、案内する場所の準備。
普段、まあるく掃除する家を隅から隅まで掃除。やる事がいっぱい。

北海道到着初日は、ウチでゆっくりする予定です。
で。到着日の夕食は、ダンナ行きつけでお気に入りの居酒屋へ案内。
居酒屋ですが、料理、特にお刺身類がとても美味しく、充実してます。
北海道ならではの味覚を味わってもらいたい。そう考えてチョイスしました。

そして、いざお食事会へ。お互いの近況報告、娘の高校受験の話、積もる話がいっぱい。
ダンナと私は、最初の1杯だけお酒に口をつけ、あとは専らホスト役。特にダンナは
「食べられないものある?何食べたい?お酒はなににする?」
気遣いながら、料理を取り分けたり、頼んだり、忙しい本当は私の仕事です。すいませんね。

義父はお酒が大好きです。特に焼酎。
最初から、ウーロンハイをハイピッチでたいらげていました。
食事が始まり1時間ほど経って、酔いが回ってきたのか、こんな事を言い出します。

「このウーロンハイ、全然お酒が入ってないよ」
お店の人が間違えたのか?
試しに義父のウーロンハイと、娘のウーロン茶を飲み比べてみました。

でも、ちゃんとお酒は入ってた。ただ、確かに、酔っ払ってるとわかりづらいかも。
私は違いがすぐわかりましたが、義父は酔いが回って、味がよくわからないのです。

私「ちゃんとお酒入ってますよ。ちょっと薄いですけど。別なの頼みますか?」
でも義父は納得しない。
義父「これはだめだよ。こんなのお酒じゃない。東京だったら、こんなウーロンハイなんか出さない」

ウチのダンナはこういう振る舞いをとても嫌います。
出された品物に対して、「不味い」というような、「味」へ対する文句は、
食事中に言いません。絶対に。(髪の毛や異物が入ってる場合は別です)

ましてや、ここはダンナがわざわざ
「俺の気に入ってる居酒屋なんだ。いいところだよ」
と言って案内してるお店です。その本人を目の前に、けちをつける。

私は内心ヒヤヒヤしました。これが、私達だったら大変です。機嫌が悪くなって
「じゃあ、もう帰る」
と言って帰ってもおかしくない。ウチのダンナの取り扱いは、結構めんどうくさい(^_^;)
大丈夫だろうか。不機嫌になってないだろうか。

ちらっと、横目で様子を見ましたが、顔色を見る限りは普通。
さすがに、4年ぶりの再会で怒りだすような真似はしないんだな、と一安心しました。

続きます。


出来事 | 08:15:52
野菜の産地を見て思うこと
今年は台風の影響もあって、農作物の価格が高いですね。

特に台風10号は、各地の農家に大きな被害をもたらしました。
その被害額およそ、数百億円と言われてます。

しかも農家だけじゃない。
付随する食品加工会社も、大きなダメージを受けた。
この間、ちょっと切なくなる話をききました。

北海道の十勝地方には、大きいスイートコーンの加工工場があるそうです。
収穫期には24時間フル稼働で、コーンの加工処理を行っているとの事。
でも今回、ここが台風にやられて稼働できなくなった。

スイートコーンは、一旦収穫すると日持ちしません。
工場が動かなくなりどうなったか。

収穫したスイートコーンをそのまま畑に捨てて、埋めたそうです。

誰の口にも入ることなく、畑の肥やしになる。
やりきれない。人の営みって儚い。そう痛感させられた。
こんな事をするために今まで育ててきたんじゃないのに。

農家の人はみんな

「秋にはいっぱい収穫するんだ。そしてたくさん食べてもらうんだ」

そういう気持ちで春から長い時間かけて育ててきます。
父は長年農家をやってます。ただ。
幸いなことに今まで作物を捨てるような経験はなかったそうです。
そして、それだけは一番起きてほしくない事だとも言います。

農業というのは、人間の力だけでどうにかなる仕事ではない。
豊作の時もあれば不作の時もある。
天災で根こそぎ被害を受けることもある。

せっかく品質のいいものがたくさんとれても、
安い値段でしか引き取られないこともある。

割に合わない事も多い。でも農家の人達はたくましいです。
後継ぎがいなくて離農する人はいる。
けど嫌になって辞めるという話は、めったに聞きません。
きっとそれは、どんなことがあっても

「食べるものだけには困らないから」

家がなくても、綺麗な洋服を着れなくても生きていける。
でも、人間は食べなければ生きていけない。
そしてその生きる糧は自分で得る事ができる。

これほど心強いものはない。

ウチの親も70才を過ぎたので、農業は細々としか営んでいません。
周りの農家も高齢化が進み、後継ぎのいない家も多いです。
おそらく20年30年後には、地区のほとんどが、休耕地になってしまう。

就農人口の減少は避けられない。
その時に、この国の食糧自給率はどうなっているのか。

今は、安くて質のいい輸入物もたくさん入ってきます。
国内で食糧を賄えなくても支障はないのかもしれません。
でも、世界的な気候変動で不作が続いたら、どうなるのか。

そうなってもよその国は、ちゃんと日本へ食糧を売ってくれるのだろうか?

ちょっと不安になる時があるのです。

出来事 | 09:16:56
ダンナの子離れ
3才の時はパパのお嫁さん
保育園時代は画家
小学校低学年は漫画家
小学校高学年は動物園の飼育員
そして今。娘の夢は中学校の教師になる事です。

教師に限らず、皆が皆なりたい職業に就けるわけではない。
そこは本人もよくわかってるようで、大学卒業後すぐに正職で教師になれるとは考えていません。

最初は臨時職員として赴任し、経験を積んで何年かかけて教員採用試験を突破する。
これが周りの先輩が進んでる大体のコースです。
中には10年越しでやっと採用された、なんて人もいます。

娘は今のところ、地元を出るつもりはないようです。
となると、必然的に地元の採用試験を受けることになります。
地元の教職員に採用された場合は、、今住んでる家から通えます。
でも、遠方の教職員となる場合は、話が変わってきます。

今の家を出て、1人暮らしをしなければいけない。
そのつもりがあるのか。本人に聞いてみました。
「もし、地元以外の地方都市の学校で採用が決まったらどうするの?」

娘は当たり前のように言います。
「もちろん行くよ。できれば地元がいいけど、でも決まったら遠くても行く」
一人は寂しいとか、夜お化けが怖いと言ってる割にはたくましい心がけ。

そしてこうも。
「地元以外だと一人暮らしになるから、大学生のうちにお料理つくれるようになっておくんだ」
そんな先?まず今、自分のお弁当作ってみない?

娘のこの決意、ダンナに報告しました。聞いたダンナは間髪いれず
「なんで家出るの。地元でいいんだよ。一人暮らしは大変なんだから、仕事がないなら

俺んとこの会社に入ればいいんだよ(`・ω・´)

きっとそう言うだろうな、とは思いましたが本当に言いました(゚∀゚)
おかしい。おかしくて笑いをこらえるのが大変でした。
そんなに、手元に置いときたいんだ。

面白いので、今度は娘へ報告。聞いた娘の第一声は
「ええーー、私親離れできないの?それだと、一生彼氏も結婚もできない気がする」
「ていうか、パパが上司とかありえないんだけどごもっとも

将来、父親と一緒の会社で働きたくないのであれば
一生懸命勉強して、いろんな事を経験して、頭も心も身体も磨こう。
そしてたくさんの会社(学校)から「是非ウチに来てください」
そう言われるようにしようね。

ダンナのこと | 06:43:37
眠れない悩み
実家の母は、若い頃から病院と仲良しこよしです。
私が知る限り5回は手術・入院してる。
現在も持病があり、毎月3軒ハシゴして通院もしてます。

常時飲んでる薬は、5~6種類。
しかも薬によって、朝飲むとか、食前に飲むとかややこしい。
よく毎日忘れないよな。それより、よく真面目に飲んでるな。見てて感心します。

母は8人きょうだいですが、こんなに病気になってる人はいません。皆健康なようです。
そのせいか、母はとても愚痴が多いです。

「私だけが、なぜこんなに病気になるんだろう。他のきょうだいは健康なのに」
「きっと、私に悪いものが集まってるに違いない。」
「次から次へと、体が壊れてもう疲れた」などなど。

でも。私から言わせると、何種類もの薬を何十年にも渡って飲み続けてきてるのに、
70才を超えても、寝たきりになる事もなく、普通に生活できてる。

別な意味で、実は体は丈夫なんじゃない?と密かに思ってます。
あれだけの薬を飲み続けたら、病気より先に肝臓がやられてしまいそう。
そんな母が先々月、ウチへ遊びに来た時にこう言いました。

母「最近、夜寝れない。1時間おきに目が覚めて熟睡できない。もうしんどい」

この時は8月。暑くて寝苦しい夜が続きました。
北海道の一般家庭で、クーラーを設置してる家は少ない。
実家もウチにも、クーラーなんてない。よって、暑くて夜中何度も目が覚める。

私「暑いからね。朝まで熟睡なんかできないよ」
母「そういうんじゃない。本当に寝れないのさ。だから昼間眠たくてしょうがない」

そりゃそうだ。夜寝れなかったら昼眠たいのは当たり前。
しかも母は、昼眠たくなったらそのまま寝てしまうらしい。
夜、余計寝れなくなる訳です。悪循環。

私もそうだけど、年を取ると若い頃のように朝まで熟睡なんてできない。
最近気が付きましたが、「寝る」って実はすごい体力を使うんですね。
必要以上に寝ると、すっごく疲れてしまう。とにかくだるくてしょうがない。
1日10時間以上も寝る、なんてのは若いから出来た事なんだとしみじみ思う。

で、寝れないという母の話をよく聞くと
夜8時に床に入る。11時位に目が覚める。それから1時間置きに目が覚める。
そして、夜中3時位からは一睡もできない。という事みたいです。

夜8時?そんな時間から布団に入ったら、そうなるのは当たり前。
小学生じゃないんだから、もうちょっと夜更かししたら?
私はそう思うんですが、母は違う。

「8時間、びっちり熟睡したい。こんなしょっちゅう目が覚めたら寝た気がしない」

らしい。それ無理じゃね?若い頃とは体が違うんだから。

私だって、30過ぎた頃から朝まで熟睡なんてできなくなった。お母さんと一緒だよ。
父も「俺も朝まで、一度も目が覚めない事はない。そんなもんだ」
二人でいくら説明しても、眠れないつらさをぐちぐちぐちぐち言ってます。しまいには

「生きてるのがつらい」

などと言い出しました。これには、私も、父も黙ってはいられない。

父「じゃあ、もう毎月毎月、病院に通わなくていいんじゃないの?薬もやめたら?」
私「人間は絶対死んじゃうんだよ。もう先は長くないんだから、楽しまなきゃ損でしょ」

私と父の、この冷たい言い草にカチンときたようで
母「どうせ、あんた達にはわかんないよね。相談する相手を間違えたわ
とぷりぷり怒って帰って行きました。怒って少しは元気が出たようです。

こんな事を言いつつも、一応心配でその後、電話をして様子を聞きました。
私「あれからどうよ。まだ寝れないの?」
母「それが、最近よく寝れるようになってさ。今度は起きれなくて困ってるんだわ」

好きにして下さい。心配して損した。
だから言ったじゃん。暑いと熟睡できないんだって(`・з・´)






実家のこと | 08:19:18
母親と娘の女子力

私の躾がなってないので、娘は、およそ家の手伝いや家事というものができません。
私自身が家の手伝いをやらなかったので、娘にもうるさく言ってきませんでした。

けどさすがに高校生にもなった現在。
親の希望としては、手伝いはともかく自分の事は自分でできるようになってほしい。

朝自分で起きるとか、洗濯物をたたむとか、自分の下着を洗うとか、
自分のお弁当箱を洗うとか。そう思いますが、それすらも難しい(-_-)

こういうのって、ある日突然出来るようになるものではないので、
きっと娘はこのまま大人になってしまうんだろうな。

2年ほど前ですが、私が仕事で忙しく帰宅時間が遅かった時のことです。
帰ってシンクを見ると、自分が使ったコップを洗いもせず放置したまま。私が

「自分が使ったコップ位、自分で洗ってくんないかなー」

と言うと、「わかった。今度から洗う」よしよし
そして別の日。私は朝時間が無くて汚れた食器をシンクへ置いたまま仕事へ。夜帰宅すると
「ままー。ちゃんと言われた通り、洗ったよー

はい。ちゃんと洗ってました。自分が使ったコップだけ。
他の食器はまだシンクへ放置のままです。素直というか、気がきかないというか。
家ではいいですよ。笑い話で済みます。

でも、お勤めするようになったら,、これはマズイ。
会社という所はですね、大体どこにもお局様という存在がいましてね、
言われた事しかやらないと、お局様にいじめられちゃうんです。ですから娘に教えました。

「こういう時はね、他のも一緒に洗ってくれると、すごい助かるんだよ」

ほめてもらえると思ったのに、逆に注意されて憮然としてました(笑)
中学時代は、風呂掃除やご飯を炊く位の事はやってもらってましたが、
今は学業に差しさわりが出るので、お手伝いは無理だろうと思い封印してます。

高校入学前は、1週間に1回位は、自分でお弁当を作ってもらおう、
なんて考えてましたがとんでもない。
朝7時前に家を出て、夜8時の帰宅、という生活では勉強だけで手一杯。

土曜は補習、日曜は部活、長期休みは補習&部活。まず、1日中家にいる日がない。
高校生って忙しいんだな。大変だな。そう思ってましたが。

なんと、娘と同じような生活をしながら、毎日自分でお弁当を作ってくる。
そんなお嬢さん(Yちゃん)が、娘の友達にいるそうで。聞いて驚きました。
Yちゃんとは、何度かお話したことがあります。とてもハキハキ、しっかりしたお嬢さんです。

小学時代は児童会代表、中学時代には生徒会長、中学の卒業式には答辞も見事にこなした、
私から見ると、申し分のないパーフェクトなレディさん。勿論成績も優秀です。
素晴らしい。どうやったら、こんなお嬢さんを育てる事ができるんだろう。

話を聞くと、Yちゃんのお母さんは、社交的でしっかりして頭もいいそうです。
私は直接話した事がありませんが、私の耳に入ってくる噂で悪い話は聞かないので、
おそらく本当にいい人なんだと思います。やっぱり、親。特に母親の力って大きいんだな。

娘の女子力を鍛えたかったら、まず私がしっかりとした母親にならなければいけない!
そう思いますがうーーーん。無理。
それよりは、だらしのない私を反面教師にしてもらった方がいいかも(*ノェノ)私に似ないでね


ムスメのこと | 08:12:58
学年2位の快挙(ただし下から)
成績の事ではありません。
先週、娘の学校で行われた体力テストの結果です。

体力テストがある、というのは聞いていました。が。
当然の事ながら結果に期待はしてませんでした。

以前記事にしましたが、娘はとても運動音痴です。
詳しくはこちら 運動神経は親に似る

体力テストの内容は、私の学生時代とそう変わってない感じ。
50M走・握力・反復横とび・体前屈その他もろもろ。
でも今は、昔と違って総合の校内順位というものが出るんですね。

娘は168人中167位という、不名誉な結果に。しかし本人は
「体力テストの結果出たよ。ビリじゃなかった!」
と喜んで帰ってきました。情けない

しかも、結果はご丁寧に「個人判定票」なるものを発行してくれます。
私の時代は、こんなものなかった。便利になったものですね。
早速、判定票の中身をチェック。想像はしてましたがひどい。

平均スコア51点に対し、娘は27点しか取れてない。
全ての項目が、平均に届いていない。
走るのも筋力も持久力も柔軟性も全て平均以下。

50M走は10秒超え。ボルトが100M走る間に、娘は50M走り終わらない。
ボール投げに至っては、6メートルしか飛んでない。
6メートル?なんだそれ。思わず聞きました。

私 「6メートルって何これ。ボールじゃなくて砲丸投げだったの?」
娘 「違う!!ボールが大きかったの!手が小さいから上手く投げられないんだよ」

手のせいにしてはいけません(-_-)
主語述語の使い方が不適切なようです。
「私」が「下手くそ」で6メートルしか飛ばせなかった、これが正解。

でもこうやって見ると、やっぱり足の速さって重要。
走力がないと、どんな運動をやらせても上手くならない。
本人が嫌がっても、やっぱりスポーツクラブに通わせればよかったのかな。

と思ったらダンナが
「お前、もう吹奏楽もピアノもやめて、スポーツクラブに通え」と言い出します。
娘も負けてはいない。毅然(?)と言い返します。
「そんな事になったら家出しちゃうんだから(`・ω・´)」筋金入りの運動嫌いだわ

そしてこの判定票、項目ごとに本人へのコメントが記されています。
これがまた秀逸でした。

なにやら小学生へ語りかけてるような文面でしたが、面白い。
本人コメントを見て「いちいち腹立つわ」とおかんむり。
特に神経を逆撫でしたのが、50M走結果へ対するコメント。

がっかりしないことだね!

「うるさいよ。余計なお世話50M走るのに10秒かかって、何が悪いの」

娘には悪いと思いつつも、大いに笑わせていただきました。
でもダンナは最後にちゃんと娘へ、こう謝罪していました。
「これだけは謝っとく。俺達の遺伝子は運動音痴なんだ。特にママが。ごめんな」私?私ですか?

こんなに体力がない娘ですが、小学6年生から足かけ5年間、
一度も体調不良で学校を休んだ事がありません。
遅刻早退もなくずっと皆勤賞。これだけは私もすごいと思ってます。

運動神経と健康な体は別物なのか?不思議です。


ムスメのこと | 08:36:15
身銭を切るということ
前回の続きです。

売場はちょっとうす暗く、静かな雰囲気でした。
ショーケースの中はお高そうな品物ばかり。
そして、後ろから付いてきた娘の顔を見ると、かなり強張ってます(`・・´*)気後れしてる。

私達、場違いだよなあ。わかるわかる。
私だってこういう雰囲気苦手だ。でも踏ん張れ。
そう思いつつ、目的の眼鏡屋さんへ到着。

ありました。眼鏡ケース。品数はそこそこ揃ってます。お値段も手頃。
「どうする?気にいったのある?」と聞くと首を横に振ります。そして
「早く、ここ出たい。下で探す(´・ω・`)」とぼそぼそ言うので売場を移動することに。

9階を出た瞬間、娘が喋り出しました。
「なんか、すごい。空気が違う。BGMが流れてなかった」
「店員さん達の、お辞儀の仕方もいらっしゃいませの言い方も違った」
「お客さんも、私達と全然違う感じの人達ばっかりだった」
「商品が全部、ショーケースに入ってた!値段は見てないけど、
私には絶対買えないものだっていうのだけはわかった」

そして最後に
「制服で来てよかった。私服だったら、私プレゼントを選ぶ余裕なんかなかったわ」

言いたいことはわかる。
「制服」というのは、いいものも悪いものも封印してくれる。
個性が無いので、少なくとも、制服からその人の生活水準全てを測る事はできない。

そして、ここはいつもの普段着で来るような場所ではない。
来てもいいけど、自分がみじめになる。

「なんかね。いつも買い物してるお店と違って、男の人とかもお洒落だよね」
そうかもね。ただ別にこういう場所じゃなくても、ダンディな方はどこにでもいる。
でも場所が人をお洒落に見せてる・見える、そういう側面がある。

質のいい物を身につけるというのは、見えない戦闘服をまとってるようなもの。
他人にはわからなくても、それは自分にとって大きな自信になる。

我が家には、普段着にブランド物を買う余裕などありません。
通常着てる洋服は、単価数千円で買ったものばかり。
靴や鞄といった小物もお手頃価格。

百貨店に並んでる品物とは、桁が一つ違う。でも、こういう場所に来るんだったら
それなりにお洒落して来ないと、気持ちが委縮して買い物を楽しめない。

いざ自分が「客」としてお金を支払う立場になってみて
その場にふさわしい服装や立ち振る舞いがある、ということがわかったようです。遅いけど

結局ばあちゃん達へは、可愛い真っ赤な手袋を買うことで落ち着きました。
4人分合計してトータル2万4千円弱です。
高校生だったらこれ位が限界かな(ウチの価値観では)
貰う方も、余り高いものだったら逆に気にしちゃうしね。

そうそう。男性と女性とでは、袋の持ち手の色が違う事にも、娘は大層感心してました。
IMG_20161003_072749.jpg

「じいちゃん達は青で、ばあちゃん達には赤の持ち手だよ。このさりげなさ、すごい!」

これからは社会人になってお給料をもらって、恩返ししてあげてね。
今、身銭を切るといっても所詮は、親や祖父母のお金。
自分で汗水たらして稼いだお金じゃない。
これまで自分がもらってきたたくさんの愛情は、苦労しながら働いて得た中から与えてくれた。
これも口で言ってもわからない事。その時になってわかってくれたらな。

帰りに百貨店を出る時、娘が宣言しました。
「私、こういう所で胸張って買い物できるような大人になる!(`・ω・´)」
そのためには、今のうちにたくさん力をためておかなくちゃね。頑張れ娘。


出来事 | 07:46:11
高1娘が現実を知る
今週末は、私とダンナ双方の両親と総勢7人で温泉旅行へ行きます。
我が家は私とダンナの出身地が、かなり離れてます。
遠い事もあり、双方の両親が顔を合わせるのは約20年ぶり。

どちらの親も、もう70才過ぎてるので持病がある。
なんだかんだと、手術や入院も何度かしてきました。
それでも、一人も欠けることなく、4人共みんな元気。
今も現役でバリバリ仕事してます。

そしてどちらの親も、女の子の孫はウチの娘だけです。
おかげで娘は、生まれた時から今に至るまで、さんざん甘やかされてきました。

今だに誕生日クリスマスお正月は、小遣いと共にプレゼントが送られてきます。
今年は高校進学のお祝いだと言って、制服一式を買ってくれた。
その上、本人に小遣いを5万円もくれました。

今まで、与えてもらってばかりの娘。
今回は全員のジジババが集まる絶好の機会なので

「小遣いで、じいちゃん達になんかプレゼントしたいな」
と言い出しました。

いいんじゃない、喜ぶよ。で、何にするのかな。娘に聞くと

「眼鏡ケースとか、ストールとかお財布とか・・・。
迷ってる。まま、一緒に選んでくれる?」
購入先に百貨店を希望したので、土曜日に三越まで行くことにしました。

午前中は娘は部活があるので、午後待ち合わせして三越へGO。
ちなみに我が家は裕福ではないので普段、このような場所で買い物をしません。
贈り物やフォーマルなものを買いに行ったり、地下食品売場へ行く程度。
食料品も日用品も洋服類も、近くのショッピングモール内の安いお店で購入してます。

当然の事ですが、百貨店は価格が高い。
わかってるかな?娘に聞きました。

私「予算はどの位を想定してるの?」
娘「あんまり、お金の事は考えたくないな。気に入ったのにする」
私「・・・今日、現金いくら持ってきたの?」
娘「諭吉さん1枚」

絶対足りない。1人分ならともかく4人分です。
娘が購入を検討してる財布やストールなどはまず無理。
ちょっとした小物にするにしても、最低でも2万円以上ないとろくな物が買えない。
娘は友達の誕生日プレゼントを買う時と、同じよう感覚で買えると思ってる。甘い。

百貨店へは、今まで何度か娘を連れて、買い物に来てます。
でも本人はお金を支払う事がないので、今まで価格など気にして見てなかったんですね。
私が言ってもピンとこないと思ったので、実際に売場を見て歩く事に。
さて、どうなるのか。

まず婦人用品売場。お洒落なストールに目がいきます。
「これ、きれー。ばあちゃん、こういうの好きかなあ」
手にとって眺めます。うん。確かに素敵です。素材もデザインも価格も。

娘「これいいなあ。どう?まま」
私「いいけど。いくらする?」
娘、そこで初めて値段を見ます。価格は2万円ほど。ストールとしては普通の価格帯かな。

でも娘は、価格を見た瞬間固まり、(゚△゚)無言で商品を戻しました。
そして、周りの商品のプライスを眺め始めます。
一通り価格をチェックしたあと、今度は私の顔を見つめてきました。
ここでようやく、最初に私が聞いた「予算はいくら?」の意味がわかったようです。

「なんか、高いね。お金足りないかも(´・_・`)」と小声で囁いてきました。かもじゃなくて足りないよ

「百貨店はね、高いんだよ。その代わりサービスや物はいいけどね。どうする?店替える?」
と聞きました。娘はちょっと考え、
「大丈夫。探す。一人5千円位の予算にする。足りない分貸してもらっていい?」
付き添ってよかったです。一人だったら、そのまま何も買わずに帰ってきたに違いない。

そのまま、売場を全部見て歩きました。今度はちゃんと値段を見ながら(笑)
でも一人5千円の予算だと、これ!というものが少ない。
それでも、探しに探してじいちゃん達にはイニシャル入りのベルトを見つくろい購入。

あとはばあちゃん達。二人共、老眼鏡をかけてるので眼鏡ケースがいいかなと思い探すも
なかなか見つからず、店員さんへ聞くと
「9階の眼鏡売場で、お取り扱いがございます」とのお答え。
急いで9階へ直行すると、そこは宝飾品売場。
売り物が売り物だけに、入った瞬間の空気が違います。

続きます。


出来事 | 08:21:22
断捨離した彼氏
私は面倒くさがりです。良く言うと合理的です。ものは云いようです。

できれば家事は必要最低限の事しかやりたくない。中でも特に苦手なのが料理。
家族がいる時は仕方ないのでご飯支度をしますが、一人だと本当に何もしない。
自分だけの食事だと、朝昼兼用でごはんにふりかけだけ。

掃除もなるべくやりたくないので、物を増やさないよう気をつけてます。
ごちゃごちゃ物があると、掃除がやりづらくなる。
自分の許容範囲を超えて、物を増やしてしまうと今度は探すのに時間がかかる。

せっかく私が、シンプル生活を試みてるのに、ダンナと娘は非協力的です。
夫も娘も捨てられないくせに、どんどん物を増やすので

私 「これいらないでしょ。使ってないし。もう捨てていい?」
夫&娘 「まだ使う。なんでもかんでも捨てないで!!」
このような攻防がよくおこります。でもね

高かったとはいえ、20年以上も昔のスーツとか
保育園の時に着てた浴衣とか、発表会の衣装とか
UFOキャッチャーで取った、たくさんのぬいぐるみとか
必要ですか?

私が潔くポンポン捨てるのでダンナが言います。

「俺もいつか、こうやって捨てられるんだろうな」

いえいえ。私だって日々使ってるものは長く愛用しています。
買って満足してちっとも使わないなんて、勿体ないことしてないですよ。

でもダンナがこう言う理由はわかります。
ダンナと結婚する前、私には2年ほど交際してた彼氏がいました。
そしてその彼との交際中に、ダンナから「付き合おう」と言われました。
私はその場で、OKしました。で、その後何をしたかというと。

ダンナに付き合いを申し込まれたその日に、すぐ行動を起こしました。
まず自分の部屋の合鍵を取り替え・彼の部屋の私の荷物は全て持ち帰り
私の部屋にあった彼の荷物と、彼の部屋の合鍵を宅急便で送りました。

準備を整え、翌日彼へは電話で一言
「ごめん。別に好きな人が出来たから別れるね。荷物は送っといたから。さよなら」
ときっぱり言い切り、ダンナへ乗り換えました。
彼にしてみると晴天の霹靂です。それまで喧嘩すらした事なかったですから。

当時の彼氏には
「昨日まで、そんなそぶりひとつも見せなかったのに、ひどい女だ。」
と、かなりなじられ泣かれました。女々しいなあ。しかも鈍いし。だからこうなるんだって。
でも、私にも言い分がありまして。
突然嫌になったわけではなく、別れたいと思う色々な理由があったんですよ。
一緒にいる時は、そんなそぶりは見せませんが、心の中では

「他にいい人が出てきたら、別れたいなあ」
と考えるようになってました。彼氏がいないのは寂しい。
なので、仲のいい恋人同士を演じていただけの話だったんです。

このような経緯を全部知ってるので、おそらくダンナは
「コイツ、気に入らないと迷いなくなんでも捨てるんだな」
と思っているのかもしれません。が。

そんなことはない。私はダンナも娘もこの家庭も失いたくない。みんな大切です。
私が捨てられることがあっても、私が今の生活を捨てる事はありません。

と、言いたいところですが。
こんな事言ったら、痛くもない腹を探られ「気持ち悪い。何企んでるの?」
と怪しまれるのは間違いないので、あえて言わず黙ってます


過去のこと | 08:39:15
主婦業を時給に換算すると
果たして、どのくらいになるんでしょう。
目に見える形での報酬がない。
会社と違い家の仕事に始業終業といった定時がない。

やって当たり前、やっても男の人のように、給料やボーナス支給日に
「今月もお疲れ様。ありがとう。いつもお仕事大変だね」
などと言われることもない。

デキる旦那様なら常日頃から、奥様へ感謝の言葉を言ってるのでしょうが、
ウチはたまーに言ってくれる位ですかね。ほんと、1年に1回位ですけど。
それでもまあ、何も言わないよりはましかもしれません。

経済的な理由もありますが、私は家事が嫌いなので専業主婦の道は諦めてます。
パートでもなんでも、とりあえず目に見える形で家計に貢献しとけば、
家事がおろそかになっても言い訳ができる。そんな不純な動機で仕事してます(ノωノ)

家事というのは、手を抜こうと思えばいくらでも抜ける。
逆にとことんやろうと思えば仕事に終わりは無い。

専業で、家の中をピカピカにして、プロ並みのお料理を作ってるスーパー奥様を見ると
「すごいよなあ。これだけ完璧なら、外で仕事してもバリバリこなせそうだなあ」
そう思いますし、事実そのような気がします。
出来る女は何をやっても出来るという事なんですね。

今まで妊娠出産前後の3年ほどを除いて、何かしらの仕事はずっとしてました。
一番、キツかったのはやはり子供が小さくて、保育園に預けて働きだした頃。
育児と仕事の両立に慣れてなかった当時は、家事がろくにできませんでした。

フルタイムで働いてたせいもありますが、疲れきって夜ご飯の支度ができない。
外食の回数も、スーパーのお惣菜が食卓に並ぶ日も多かった。
部屋の中もかなり荒れてました。掃除機なんて、週1回かければいい方。

雑巾がけなんかした記憶がありません。
一度、ダスキンにハウスクリーニングを定期的にお願いしようかなーなんて思ったけど。
週1回来てもらうだけで、月に2~3万円もかかる。高い!

そして一番困ったのは、突発的な子供の病気。
小さい子というのは、熱だ風邪だインフルだ胃腸炎だと次から次へとよく病気になる。
近くに、子供を預ける事のできる親族がいませんでした。

よって熱を出したり病気になった時は、私が休んで子供の面倒を見なくてはいけません。
ダンナははなから、育児を理由に会社を休むなどと考えてなかった。

働き始めた当初は、規定の半分ほどしか出勤できない状況でした。
会社の方々に助けてもらいつつなんとかしのいできましたが、それでも
どうしてもここは休めない、という日が月に1回は必ずある。
そしてそういう時に限って子供ってのは熱を出す。

困った私は、シッターさんをお願いしようと思ったけどこれが高い。
1時間2,000円とか平気でかかる。子供の安全を考えたら仕方がない。
でも高い。預けて働いたら赤字になってしまう。

病児保育も考えましたが、家からも職場からも遠くて預けに行く事が出来ない。
仕方ないので、最後はもうひらきなおって休んでました。
クビになったらなったでしょうがない。そう思いながら仕事をしてきました。
なので、休みが多い勤怠を理由に解雇された会社もあった。

子供がいて、普通に家の事を毎日する。人によっては介護まで夜昼なくしている。
これだけでも外注して、時給換算したら結構な金額になるはず。

だから、世のダンナさんは
「主婦はいいよなあ。気楽で」こんな事言ったらウチではグーパンチです
なんて台詞は、口が裂けても言ってはいけないんです。


家計のこと | 07:59:56

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